本)文学、文芸全般

February 25, 2017

山下澄人「しんせかい」390冊目

写真を先に見たからか、ずいぶん無骨なごっついオッサンだな、文章もおっさんっぽいなと思いながら読んでたのに、ある時点で不器用な少年が書いた文章にしか見えなくなった。

このおっさんのことだから、19歳のときも”紅顔の美少年”じゃなくておっさんっぽい無口な少年だったんだろう。当時から多感ではなくて、いま思い出しても感情という部分が思い出せないのだろう。ただ自分の外にある人間や馬や畑仕事のことはカメラで焼き付けたように再現できる。とは言っても31年間のうちに、丸太の建物が朽ち果てるように、記憶も何かに置き換えられたり傷んできたりしている。

たいして意味のない地元での生活が、意味のわからない寒い荒野での生活に置き換えられただけ。
それを思い返す自分に安易な感傷などあるわけもない。
そういう小説。ハードボイルドというジャンルの一つなんだろうか。

感動はしなかったけどなんとなく面白かった・・・というのは、感動しなければならない場に置かれることが多すぎる、ネットでも「2ページ目で必ず泣ける」みたいなものばかり流れてくる昨今、富良野だから倉本聰だからひれ伏さなければならないわけじゃない、泣かない男がいてもいいんだ、というだけでも、なんとなくホッとするからでしょうか。

芥川賞の選考委員の人たちも、それぞれめいめい好き勝手な感想を言ってて面白い。絶対ほめないだろうなぁと思った村上龍がやっぱりほめてなかったし。

タイトルの「しんせかい」、関西の人には大阪の「新世界」が何一つ新しいところのない、極めて戦後的な古臭い町だということは当たり前で、もともと悪い冗談みたいな名前なんだけど、自分が向かった北海道の新天地を表すのにそのひらがな表記を使ったことは、関西の19歳の少年らしい皮肉っぽいギャグなんでしょうかね。そこだけ、主人公の彼にしては素直じゃなくて可愛くないな、と違和感を感じました。

February 15, 2017

佐々木譲「エトロフ発緊急電」386冊目

面白かった。単行本、二段組、400ページ弱というボリュームで、謎解きのない冒険小説です。
エトロフ島に住むロシア混血女性ゆき、日系アメリカ人二世で米軍スパイとなった賢一郎、彼を追う軍人磯田、南京で中国人の恋人を日本兵に殺された牧師スレンセン・・・他にも、登場人物の一人一人のリアルで眼に浮かぶような立体感のある人物造形が素晴らしくて、それぞれに共感しながら先に先にと読み進めてしまいます。すごい筆力。それに、人間愛と言っていいような温かい視線を感じます。

読んでいて思い出すのは、最近読んだ石光真清のノンフィクションでした。彼もまたスパイでしたから。開戦前夜の緊張感、スパイという極端なスリルと日常生活のギャップの大きさ。スパイでありながらすごい筆力のあった彼ですが、そのノンフィクションと比べてもリアル感を失わないこの小説もすごい。

ミステリーとは呼べないかな。大河小説という感じ。実に読み応えのある傑作でした。
しかし小説の寿命は短いのかな、この本も「男たちは北へ」も図書館の奥の「保存書庫」にしまわれて、私のようにピンポイントで検索・予約しない限り出会えません。それでも放出されず、次に読む人のために保管されていると考えれば、受賞作品リストというのは、傑作の命を永らえさせる効果がバカにならないのかも。

ところで主役の賢一郎、どうしても斉藤工が浮かんでしまいました。
それにしても、どうしてこう、最近北方領土がからむ本ばっかり読んでるんだろう。偶然なんだけどなぁ。

January 28, 2017

日疋信・日疋冬子「志集第56号 無風 その中の生と死」378冊目

乱読、というのはこういうのをいうのかしら。
おもむろに手当たり次第に、興味のおもむくまま本を読む今日このごろ。
通りがかった新宿西口陸橋下で、あの人が立って「私の志集」を売っていました。
私が上京した30年前から、ずっとそこにいる。Big Issueが発行されるよりずっと前から。
今日も通り過ぎようとして、なんとなく立ち止まって初めてその「志集」を買ってみました。
その人はいつものまっすぐな眼差しで少し笑って、お釣りをくれました。
30年前から変わったり変わらなかったりする新宿西口の風景の一部として、自分が公式に認められたような、なんとも言えないいい気分で、私はニヤニヤしながら歩いて家まで帰ったのでした。

で、その「志集」なのですが、第56号なのだそうです。現在の売価は400円。本文16ページ、12編の詩が手書きのきれいな文字で書かれています。どっちが誰の作品かはわからないのですが、91歳の信さんと54歳の冬子さん(販売者ですね)の連名となっています。年の差37歳。(月子さんみたいだね)中にはいくつか、好きだなぁと思った詩があったんだけど、「無断撮影・転載・引用・模倣・作曲・その他一切、かたくお断り致します」と書かれているので、一部の引用もやめておきます。しかし詩っていいですね。感じたままを素直に文字にする。大きなストーリーや伏線や構成は考えなくてもいい。その分感性とかひらめきとかが感じられないと読みとばされてしまうんだろうけど、誰の中にも詩はあるんだろうなと思います。きっと。

January 24, 2017

西加奈子「漁港の肉子ちゃん」375冊目

西加奈子らしい作品だなぁ。
太っているけど、変な顔をするけど、あたたかくて大好き、という世界。
この人の世界には、人と交わることに対する強い不安があるけど、本格的な脅威や絶望は存在しない。
読んでる自分は今けっこう、絶望的な気持ちだったりするので、なにか物足りない気がする。
みんな肉子ちゃんになれるわけじゃない・・・というより、肉子ちゃんという人物造形がちょっとひらべったく感じられる。こんなに都合よく鈍感で優しい人なんていないんじゃない?この人、人間じゃなくて神様でしょう?
書いてる著者がきっと優しい人なんだと思う。

たぶんだけど、私はこの人の震災後の作品の方が好きだと思う。

January 22, 2017

浅生鴨「アグニオン」374冊目

Twitterで有名なNHKPR1号さんがNHKを退職して作家になった。それがこの人で、彼の初めての小説がこれです。
twitterは在職中も今もフォローしてるし、彼のやけにナイーブで正直な感性がとても面白いといつも思ってたので、いつか読もうと思ってたんだけど、いつまでたっても図書館に入らないので買って読むことにしました。

意外なことにSFだった。「中の人などいない」を読んでも、とってもヒューマンで血が通わないものなど嫌いって印象だったので、設定はきっと現実に近いものなんだろうと勝手に思ってた。もちろん、この人の作品であるからには、はみ出し者の、感情の起伏の激しい青年と、一本気な少年が主人公(※ダブル主人公のパラレルストーリーなのです、村上春樹作品的に)。

面白かったよ。けど、造語による熟語がいっぱい出てきて、全部カタカナのふりがなが振ってある、という小説を読むのは最近ちょっと疲れているので、できればそうでない方がありがたかった。あとね、すごく特徴的なのが、二人のヒーローがめちゃくちゃアンチヒーローで非力なの。パラレルストーリーのうち、地底での発掘作業員(”モグラ”)から宇宙への仕事へと下克上を果たそうとするユジーン君は、のっけから挫折して宇宙に行きそびれる。そして悪者の手に落ちて現実世界での生命を絶たれてしまう。その後なんらかの形で復活するとはいえ、この挫折感は大きい。
もう一人の主役、特殊技能を持って生まれた子供ヌー君も、常に虐げられてほぼ厭世的。作者の中にある挫折感や悲しい世界観が反映されてるってことなのかな?

希望を失わない物語だと思うけど、この中の世界で生きていくのはとっても厳しくて、いろんな覚悟が必要。
でも、そういう物語だからこそ、安易なカタルシスがない分、私もがんばろう!という単純な勇気をもらえた気がします。

January 20, 2017

ミルチャ・エリアーデ「マイトレイ」373冊目

池澤夏樹が選んだ「現代世界の十大小説」っていう新書(後日、こっちも感想を書く予定)の中で選ばれてたので、図書館で借りてみました。ルーマニア人の若者がインドで研究中に下宿をさせてもらった名家の令嬢と恋に落ち、父親に仲を引き裂かれた、という著者の実体験に基づく小説です。著者エリアーデはその後宗教学者として大成した学者でありながら、この「マイトレイ」の他にも小説の大著を何冊も残したとな。・・・そんな解説を読んで、大いに興味を持って読み始めたわけです。

許されぬ恋を引き裂かれるという、ロミオ&ジュリエットであり、ウエストサイド物語であり、その他もろもろの悲恋物語を実体験から描くからには、さぞかし胸を引き裂くような情緒的な作品だろうと思ったら大間違い。彼は学者です。ずっとつけ続けた日記には、初対面の彼女の肌の色やおどおどした物腰を見て”醜い”とさえコメントしています(その後、逆にその野生的な魅力に溺れていくさまも克明に描かれます)。という、ある意味男性優位的で、冷静で非情緒的な観察日記のような本でした。ノンフィクション風。徹底して書かれるのは著者自身の心の動き。この人きっと自分大好きなんだろうなぁ。相手が全くの異文化における未成熟な感受性の強い少女なので、ヨーロッパから来たばかりの若者には到底理解のしようもなかったのかもしれないけど。

解説には、その後マイトレイ(なんと実名)と数十年後に再会したとか、実話とは違えて書かれている部分もあるとか(本当は彼自身、何度も手紙を書いて深追いしたのに、小説ではすぐに冷めて行きずりの女性と寝た話とかでもみ消されている、等々)、ますます赤裸々な事実も暴かれて興味深いです。

主人公の彼は時々、マイトレイや他の女性たちが”稚拙”と感じられることを言ったときに、さわやかに嘲笑するんだ。あまりの愚かさに楽しい気持ちになった、というような描写がちょいちょい出てくる。現代日本で暮らす私には「感じわるーい」と思えてしまうんだけど、もっと広い心で読んだほうがいいんだろうか。でもね、歴史に残る名作でも、肌触りがよくないとやっぱり大勢の人には読まれない。(日本だけかな?)
情緒にばかり働きかける、音楽や涙の演技ばっかり大げさな、ありがちな日本の映画がいいとは全然思わないけど、率直さを評価するにしても、私はもうちょっと女性的な視点の方がいいな、やっぱり。マイトレイ自身も作家になり、彼女の側からの物語も書かれているらしいので、もし手に入るようなら読み比べてみたいです。(マルグリット・デュラス「愛人」の、愛人側からのストーリーなんかも読んでみたいもんですね)

とか言いつつも、大失恋の痛みを、読みながらなんとなく追体験して辛〜い気持ちになったりもしたのでした。それこそが小説のたのしみ、だよね。

January 15, 2017

森瑤子「デザートはあなた」371冊目

ある”業界人”の男が、彼を取り巻く麗しき女性たちに様々な料理を自ら振る舞い、その度に「デザートは、あ・な・た」(実際は恋人以外は食べないんだけど)、っていうバブリーな短編集。
バブルというより、高度成長期の香りさえする1991年発行作品。まだ弾けそうな気配もありません。

その男、俊介と、美人だけど”牛乳瓶の底メガネ”の菜々子のとてもセクシーな関係。俊介を囲む多くの「いい女友達」。菜々子の恋愛と、それから自立し続けるための別れ。
失恋しがちで、男の後を追ってしまったりする私としては、お手本のように思える眩しい世界でした。
キャビアとカラスミのスパゲティなど家で作る広告代理店の男、ですから。

この作者、森瑤子は、バブルを駆け抜けて1993年に53歳で亡くなっています。こんなに華やかで、どこか品良く、美しき世界を繰り広げた彼女はとても素敵な女性だったんだろうなと思います。

January 13, 2017

羽田圭介「成功者K」369冊目

20年ぶりくらいかも、文芸誌を買ってみたらこの長編がまるまる載ってました。
なにこの人、露出狂的私小説家?と思いながら読み進めていくうちに、いや違うな、できすぎてる、とうっすら気付くんだけど、面白いので乗せられたまま進んでいきましょう。

感想: 面白かったー。
「虚々実々」って感じ。ひょうひょうとしたあの雰囲気で、やたらと自慢げに、赤裸々に本音を語ってるような顔で小説を騙る。変な奴だ。
世間的な“成功者”としてのピークは、高層マンションと高級外車と女優とのデート、あたりなんだろうけど、転落の兆しと見えたものが実は現実で、気が付いたら元の狭いマンションの部屋からパークハイアットを見上げている。
女優の彼女もウソならテレビ出演もウソで、そもそも芥川賞なんて取らなかったんじゃないか。

「パークハイアットを見上げる部屋」ってのがなんともリアル、というのも私もそういう位置関係の部屋に住んでたことがあるので、西新宿の尖塔(パークハイアットのほかにも、都庁や代々木のドコモビル)を低層のアパートや戸建のごちゃごちゃした界隈から日々見上げる劣等感?のような気持ちが、よくわかる。

「コンビニ人間」とかもだけど、小説ってのはまず面白いのがいい。何よりそれがいい。どこか変なところに連れていってくれるのがいい。だからこの作家も良い作家なんだと思う、多分。

December 30, 2016

石光真清「曠野の花〜石光真清の手記1〜4」365〜8冊目

明治の軍人で、日露戦争前の満州で諜報活動に従事して目覚ましい活躍を残した実在の人物、石光真清の膨大な手記のうち2冊目を読みました。1冊目は生い立ちから諜報活動開始前まで、この2冊目は開戦までの一番スリリングで面白い部分だと思われます。

感想:本当にすごい本だ。
本人語りの実話だっていうんだから。
石光のたくましさは、例えば本田宗一郎とか田中角栄とか、自分一人の力量と人望で一代を築いた豪傑を思わせるんだけど、今の日本にこれほどの大物感を漂わせてる人はあまりいない。今は出る杭が昔と違ってマスメディアやインターネットで日本中にあっという間に知られて、どこへ行ってもすぐに叩きのめされる時代だからかな?
彼の周囲の女たちの逞しさも、ものすごいんだ。日本から満洲に「女郎」として売られながらも、個人の努力で現地の大物に払い出され、その家で頭角を現し、女傑となって若い衆を仕切るたちが、同様に出世したかつての仲間を語るとき、まるで「モルガン・スタンレーで働いてた時の同僚で」かなにか語るように軽やかで、目を回してしまう。

馬賊の晒し首だとか、ロシアによる大虐殺だとか、今の時代ではもう考えられないような世界観(とあえて呼んでみる)の中で物怖じひとつしない日本人が、これほどたくさんいたんだから。日本から満洲に渡って馬賊の頭領になった人も実在したらしい。

誰かこれをアニメ化しないかな。その辺のラノベよりはるかに面白いし、壮大で美しいスクリーンが広がるはず。
あまりに面白いので1冊目と3、4冊目も買いました。これから読んでまた感想を書きます。

December 25, 2016

川上弘美「センセイの鞄」364冊目

いいお話だった。
うんと年上の人を愛するようになるというのが、どういうことか、初めて少しわかった気がする。
「センセイ」というのが、じわじわと味の出てくる人物で、月子さんの感情はどこか受け身。
高校卒業後10年以上たって再会し、しょっちゅう飲み屋で一緒になりながら、付き合い始めるまで2年。”スローフード”とか”スローライフ”の仲間の、遠い世界の出来事のように思えます。

女性が書いた小説だから、月子さんという人物造形はきっとリアリティのあるものなんだろうけど、私から見ると自分と全く共通点がないな〜という感じです。ちょっと憧れる。

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