本)放送関係

November 14, 2015

三島由紀夫「命売ります」314冊目

紀伊國屋書店新宿本店に立ち寄ったら、なんかすごく一押ししてたので読んでみました。
確かに面白かった。いまどきのエンタメ小説(伊坂幸太郎ものとか、「悪夢のエレベーター」とか)のような軽快なトーン、先が読めない展開とどこか厭世的な主人公で、1968年、50年近く前に書かれた名作って感じがありません。その辺が帯に「隠れた改作小説発見!」と書かせて、紀伊國屋に一押しさせるゆえんでしょう。読ませる文章力がやけに力強いのと、主人公が自信家でマッチョなのが、よくよく見ると三島由紀夫的なのかもしれなません。

それにしても、三島といえば「金閣寺」とか「仮面の告白」くらいしか読んだことがなくて、むしろ市ヶ谷事件の人というイメージが圧倒的だったので、過激な天才だと思っていたので、こんな大衆エンタメ小説をプレイボーイに連載していたという事実がすごく新鮮なのでした。

とても面白かったので、改めて他の作品も読んでみたくなりました。本の帯には「読み終わったら次は『三島由紀夫レター教室』」とおせっかいな推薦文があるので、おせっかいだけど読んでみるかな・・・。

December 15, 2013

中野晴行「マンガ産業論」296冊目

これは面白い。良書です。
MBA的ともいえる分析眼で、マンガという産業を細部にわたって、かつ歴史を振り返って、書きつづった本です。主軸をマンガに置くことで、メディアミックスと呼ばれる、マンガ/アニメ/映画/キャラクター商品等をひっくるめたコンテンツ業界全体のことを非常にしっかりと俯瞰しています。

「つまり、あれほどマンガが売れたのも、売れなくなったのも、同じ根っこから生じている、と思い至ったのだ。(p10)」という著者の言葉が言い当てている、“情報を消費する”消費者の存在。(私もそうかしら、とドキッとする)輸出だのなんだのと騒いでいるけれど、大切に作家や産業を育ててこなかった出版社のあり方。等々、マンガを愛する長い一読者が、マンガのことをもっとよく理解し、何か働きかけができないかとがんばった結果生まれた本という印象です。

日本のマンガの誕生、発展のなかでアニメやゲームにも言及しています。これは、コンテンツ産業で事業開発をやってる人なら一度は読んだ方がいいのでは。

続編的な「マンガ進化論」って本が出てるようなので、そっちを買おうと思います。
(この本は図書館で借りたので)

November 25, 2012

NHK_PR1号「中の人などいない-@NHK広報のツイートはなぜユルい?」285冊目

239ページ、1200円の本です。
私もツイッターでNHKPRさんをずっとフォローしてて、ユルく面白いんだけど、なんでいつも理由も言わずに「中の人はいないんです!」と言い張るのかが、この本を読んでやっとわかりました。
1200円かけさせないで、140文字で説明してくれればいいのに・・・。“受信料と視聴者の意見で成り立ってる公共放送はみんなのもので、特定の職員だけでやってるわけじゃないってことを僕は強調したいんです”、とか。そういうことをさらっと言わないところがガンコですね。

NHKの職員や取引先らしき人たちが何人も出てきますが、高い服を安そうに着こなす人とか、強引な指示をする人とか・・・誰のこともほとんどよく言わないんだけど、こういう文体が今は面白がられるんでしょうか。いつもツイートする人が本を書いたんだから、普段と違うしっかりとした本かと思ったら、ツイッターの延長でした。そういう意味で239ページは長い。

面白いっちゃ面白かったけど。なんか良くも悪くも青臭い、若者らしい本です。
この本にOKを出すNHKは懐が広いというか、管理がゆるいというか、・・・多分両方なんでしょう。回し読みしてから近所の図書館に寄付しよう。以上。

February 23, 2010

NHK総合放送文化研究所 編「テレビで働く人間集団」201

NHKには技術研究所と文化研究所があって、文化研の方で「放送学研究」という冊子を定期的に刊行しています。この本はその中の連載をまとめて1983年に出版したもの。もう27年も前だ!しかしバブルのさなか、衛星放送前夜、今の経営陣がバリバリの現役だった頃、という時代のことを知るのも面白そうだと思って買ってみました。

本で取り上げる人々はNHKだけではなく民放や外部の人、たとえば当時すでに引退していた重鎮や、制作会社「テレビマンユニオン」の創設メンバー、カメラマンや記者やアナウンサー、技術者等々さまざまな人のインタビューから成っています。「読むドキュメンタリー」って感じ。

私はほんとに放送って業界のことを知らなくて、新聞や出版のほうがマスコミといってもまだ知識があったと思うけど、それらと決定的に違うのは、技術に負う部分が非常に大きいってことじゃないかな。極論してしまえば、丸一日停電して新聞が発行されなくてもなんとかなるけど(出版はもちろん)、ラジオテレビは存在意義すら揺らぐ感じ。電気だけじゃなくて電波も録画も録音もその他機材のもろもろも、どれが壊れても立ちいかない。新しい技術の恩恵もどんどん入ってくるけど、古い技術が陳腐化するのもあっという間。放送技術ってパソコンみたいに進化を続けてて、まだまだこれから変わっていくんだと思う。

27年前の「副調整室」(収録スタジオの隣に設けられている、モニターや調整のための部屋)の図も載ってますが、奇しくも今日見学してきた2010年の副調整室と比べても、表面的にはほとんど変わってません。カメラのスイッチングや収録室とのマイクでのやりとり、録音、照明、という材料も同じなら調整するのは今も人間。カメラの前で緊張して台本を間違えるのも人間です。・・・つまり、思うに、1スクリーンでも3スクリーンでも、できるだけ良質な動画コンテンツを手作りする人がいれば、見ようと思う人もいるだろう、と思う。作り方や見せ方は変わるけど、YouTubeがいくら人気でもシネコンはまだ増えてるし、あと30年くらいはテレビもなくならないんじゃないかなぁ。

以上。

February 07, 2010

田原茂行「視聴者が動いた 巨大NHKがなくなる」198

真っ当なノンフィクションでした。やけにセンセーショナルなタイトルは「看板に偽りあり」といっても過言でないくらい、長期間にわたる広範な取材で、細部まで事実確認をして書かれた本です。しかも最後に、視聴者から提案したいNHK改革案の著者なりのアイデアを展開して締めくくっていて、"オトコラシイ"。

著者はTBS(前身のラジオ東京から)を勤め上げ、その後も「放送批評懇談会ギャラクシー賞選奨委員」を長く務めた人で、行間からジャーナリスト魂がただよってきてます。

巨大な組織の根深い問題を根本的に解決するのは難しい。状況把握も簡単じゃないし、個別の問題どうしを関連付けるのも難しいし、リーズナブルな解決策を提示して、かつ合意にもっていくのは、それぞれ全部難しい。だから、一般の人たちに広く情報を伝えることは最初の一歩。なにを事実として信じるか、という取捨選択は個人ですることで、その判断力が学校教育で身に着けさせなければいけないことなんだと思います。(本来はね。これも難しいけど)

自分自身、この著者を通じて見聞きしたことが、大きな問題のうちどれほど重要な部分なのかわからないけど、多少なりとも状況把握に役立ったのは確かだと思います。

いろんな本をもっと読み進めてみようと思います・・・この世界は、なかなか興味深い。
以上。

February 02, 2010

土屋英雄「NHK受信料は拒否できるのか」197

この本は、タイトルにあるテーマを、憲法学を専門とする筑波大学大学院教授が丁寧に分析した本です。
感情論に陥らず語義的解釈に徹しようとしている姿勢が評価できると思います。ただ・・・1800円するこの本の本文205ページ中、資料編として「放送法」と「受信規約」だけで半分近く、92ページも占めてるというのは、ネットで買った人はちょっとショックかも。私は図書館で借りたからいいけど。

放送法ができた頃は今のようなケーブルTVはなかったし、地デジもワンセグもパソコン用のチューナーカードもなかった。TVを買ってもDVDしか見ない、なんて人もいなかった。それらのいずれかを買う、イコール、アナログ番組を見る、という推定は、今は成り立たないのは確かです。

でも”法律を作ったのは誰か偉い人で、人民というか自分は搾取されてる”・・・という考え方は、民主主義じゃないと思う。放送法を変えてくれる人に投票して、変えちゃえばいい。そうしないから何も変わらないんだよね。私は自分がそこまで考えて投票したわけじゃないし、自分が国会議員になって放送法を変えるほどの行動力もないので、現状に対してもあまり文句を言いたくない。”じゃあどうすればいいか”を提案したり実践したりしないで、批判だけするのって、なんかオトコラシクない感じがするから。

今日はこのへんで。以上。