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December 2018

December 22, 2018

モコ「オオサンショウウオのまんが」446冊目

私のサンショウウオ好きを知っている友達が、買い与えてくれた。ありがとう、ごんちゃん。いつも嬉しいよ。
私が飼っていたのは小型のサンショウウオで、体調は大人でも10数センチ。幼生(おたまじゃくしみたいな時期)は1〜5センチ程度でしょうか。わにゃわにゃしてて可愛いんですよ、実際。でもサンショウウオってものすごく気難しくて食べるものはイトミミズとかレバーをほぐしたものだけだし、何かに喜ぶとかがっかりするというような感情を一切見せない生き物なのが身上なので、このマンガをどうやって読んだらいいのか、戸惑います。
オオサンショウウオの大きさはもちろん、大人だと数メートルなので、これをマシュマロ大に縮めることが頭に入ってこないし。ウーパールーパーでよかったんじゃないか?
このマンガの中の「オオサンショウウオ」はかわいいです。赤ちゃんみたいなキャラ。こんなに人懐こい個体がいたら、どんなに飼いやすかったか・・・・・

December 15, 2018

小島毬奈「国境なき助産師が行く」445冊目

国境なき医師団で何度も活動を経験した日本の助産師の女性が、地中海の難民を救助する船への募金を募っているのを、どこで見たんだろう?テレビで難民船にぎゅうぎゅう詰めの人たちの映像を繰り返し見ていたので、何とかしなければ!と、いくばくかの寄付をしたらこの本が送られてきました。
そのときは寄付をしたことも忘れていて、読み始めたら冒頭は日本の医療業界の人間関係の問題とかが書かれていて、つまらない本だわと一度は読むのをやめてしまいました。改めて手に取って続きを読み始めたら、まるで自分が彼女になって、世界中の厳しい環境に飛び込んだような本でした。今は、そりゃーこれほどの経験をすれば、日本の看護業界の女どうしのあれこれなんて、くだらなく思えても当然だ、と思います。最後まで読み終わらなければ、こんんな気持ちにはならなかったかもしれないけど。

小島さんはとてもパワフルで、きっと日本の小さい場所ではエネルギーを持て余してたんじゃないかしら。
戸惑いながらも毎日、パキスタンで、イラクで、地中海の船上で、南スーダンでと奮闘する姿は実にたくましい。
彼女が活動のかたわら募金活動まで行ってくれていることに大きな拍手を送りつつ、たくさん努力して自分のパワーで人を助けられる人に私もなりたいと思います。

December 13, 2018

村田喜代子「焼野まで」444冊目

ほぼ、ガンになった村田喜代子自身の闘病記なのかな?
八幡ものではガンが見つかってからあまり長く生きられなかった「ミツ江」はこの本では長生きして、自分自身のほうが闘病しています。
モデルになったオンコロジーセンターを調べまくってしまったくらい、この本は「子宮体ガン・切らずに治すマニュアル」でもあります。
女の生を描き続けてきた彼女が今書いている小説には、あの世が時々うっすらと透けて見えています。いつもの村田節。
若い頃からの馴染みで、病床にいても携帯でときどき電話で話す「八っちゃん」って男性は、どういう存在なんだろう。兄弟みたいに親しいけど、まるで男と女という色気がない。主人公が病院で出会うガン友達も、なんとも言えない味わいがあります。その後連絡を取り合ったりしない人たち。生きているか死んでいるかわからない人たち。といっても、ガンでなくても人は必ず死ぬんだけどね・・・・というのがこの人の世界だな。

面白いからもっと書き続けて欲しいです。あの世からも書いてテレパシーで送って・・・。

December 12, 2018

村田喜代子「八幡炎炎記」「火環」442-443冊目

敬愛するレジェンド村田喜代子の新作。自伝とまでは言わないけど、鉄鋼の町での自分の生い立ちをモチーフにした小説です。
ヒナ子は「ツクシみたいな女の子」。優しいけど子どもの気持ちはあんまりわからないおじいちゃん・おばあちゃんに娘として可愛がられて育ち、まじめじゃない大人たちの中で、素直だけど実は頑固な個性を育んで行きます。

軽妙でカラッとして無駄がない。彼女の憧れた映画監督が新藤兼人(裸の島とかの頃ね)というのが興味深いですね。彼女の小説の人間表現のしかた、文章の完結さとかが、白黒のドラマからきていると思うと、不思議なようで納得します。

この小説のなかでは、ガンになるのはミツ江だけど、著者自身が闘病してきたのも事実らしいです。小説家は転んでもタダでは起きない。自分の死について書けない(あるいは、書いても生きてる人たちに見せられない?)ことをきっと悔やむんだろうなぁ、彼女は。

私の敬愛する二大作家は偶然二人ともずーっと九州在住で、若い頃はふっとどこかに飛んで行ってしまう小説が多かった(それがまた素晴らしかった)けど、最近は二人とも、小説の中で、町から出ていきません。体がここにあっても心は自由だという領域に達したんでしょうかね。私も何か文章で人の心を動かすことができたらいいな、という思いを頭のどこかに抱きつつ・・・またもう一冊読みます。