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July 2017

July 23, 2017

佐藤正午「小説家の四季」406冊目

このエッセイも、出てたことを最近知ったので早速買って読みました。
「書くインタビュー」では書ききれない著者の日常のことや、そこはかとないユーモアが、このくらいのボリュームの文章だと自由に広がりますね。インタビューの方は精神的にあまりいい状態じゃないときにも答えなきゃいけないということで、素の佐藤正午が見える本でしたが、こっちは準備していい状態で書いてることが想像されます。

じっさい季刊誌に連載されたので文字通り「小説家の四季」ですが、「豆腐屋の四季」も思い出したいよな〜。
普段のマイペースというかのんびりした、九州の作家の日常ってこういうものなのか、という非日常感にも浸れます。

佐藤正午「書くインタビュー」(1〜3)403~405冊目

愛読している佐藤正午が、メールで若い女性ライターからの質問に答えるというか、書簡集を出しているらしいと知ったので、早速買って読みました。

文章教室みたいだ。
1,2があると知らず3から読み始めてしまって、佐藤正午は若いライターに怒ってばかりのひどい老作家だな!30年近く読み続けてるのに、初めてがっかりしたわ!と思ったのですが、1,2を取り寄せて読み始めたら、すぐに作家側にシンパシーを感じ始めました。最初のインタビュアーはクセが強くて、他人から何かを聞き出すというより自分を出すタイプのライターで、この企画とは大変なミスマッチなのです。3での長文どうしのやり取りは、いつもちっとも面白
くない佐藤正午のユーモアや、ライター側のくどいくらいのサービス精神によるものだと、1,2を経てわかってきました。「正午さん」はライターさんにひんぱんに面倒だの長いだのと文句を言いますが、彼から愚痴を引き出したり、ときどき感心させたりできるのは大したものです。ツボとしては、重箱の隅をつつくけれど全体的には割合大雑把な作家なので、喜びそうなところをツンツンしていればみんなハッピーなのかな、と思ったりもします。

彼の小説に出てくる競馬好きの男は、ちっとも神経質には見えず、せつな的なギャンブルに熱くなる"その日暮らし"の人のようだったので、大変な名文家だとわかっていても作家自身もわりと大雑把な人なのだと思ってました。推敲に推敲を重ねるような人にそんな人はいないのかもですね。
それにしても、作家もインタビュアーも、二人ともくどいよ!(嬉しそうに)

伊坂幸太郎「残り全部バケーション」402冊目

この人もうまいな。佐藤正午(今や直木賞作家)がべた褒めするくらいで。
しかし、この人の面白さは、やっぱり「ありそうにないことを組み合わせる」部分で、結末にもつれ込む上で、私としては特に含めてくれなくてもいいなと思うエピソードもたくさん、たくさん入ってきます。そこまでしてバラエティに富むエピソードを盛り込む必然性は、同じ著者の「フィッシュストーリー」にならあるけど、この小説にはそれほど感じませんでした。

夏目漱石「こころ」401冊目

もう7月なかば。そろそろ、この先の生き方を考えてみなきゃと思って、こわごわ再読。実家にあった文学全集を何冊か持ってきてるので、常にこの本は書棚の奥にありました。(昭和44年発行)

あらすじはおぼえてるつもりだったけど、主人公を「先生」と呼ぶ書生の場面だけで3分の2も占めてたというのは完全に記憶違いでした。ページが残り少なくなった頃にやっと「K」が登場します。不穏な気持ち。彼が元来、一本気な性格だったことを思い出しています。Kの姿を想像するとなぜか、三島由紀夫の顔が浮かびます。書生が手紙を読んだときの状況も忘れてました。これほど彼本人の父親の状態が切羽詰まっていたとは。

先生の遺書は遺書というより自伝で、死を決めたことについては最後のほんの数ページしか当てられていません。
凡人ならこの遺書だけで一編の小説にするだろうな。これを誰に託すのかということに説得力を持たせるためだけに、小説の3分の2を充てる判断。文豪ってやつは。

重いストーリーについては、読み終えて胃潰瘍が再発しそうで著者に共感します。ああ明治時代にザンタックがあれば。先生の言動がKを死なせるきっかけになったのか?という点は、きっかけではあったけれどこのきっかけがなくても彼のその後の人生には、手のひらの生命線に生じた悪い兆しみたいに、どこかで必ず非業の死を遂げる運命が刻まれてたんじゃないのか、という気がします。

今「100分de名著」でオースティンの「高慢と偏見」を取り上げていて、漱石が影響を受けたという人物造形が確かにすごい、でも漱石もな、と改めて思います。小説っていうのは、ストーリーじゃなくて人物を先に完成させるものなのかな、と。作者はなんて意地悪なんでしょう。太宰治は常に自分のずるさを告白しては自己批判したりあざ笑ったりしますが、漱石の底意地の悪さの足元にも及ばない善人に思えてきます。また、昨今の手練れの作家たちの腹黒さが、今に始まったことじゃなかったことに今頃気づいているという、自分の読みの薄さに呆れてます。

ところで、「こころ」は日本で一番読まれてるとか愛されてるとかどこかで読んだけど、おそらく「日本で一番、みんな知ってて、言っても恥ずかしくない小説タイトル」の間違いだろう。小説は読まない、あるいは特別好きでもない小説をなんとなく読んでる人が多くて、学生のときに読まされたか読んだふりをした「こころ」を上げるしかない人がこんなにたくさんいるということだと私は思います。

そういえばロンドン駐在中に「珍しいところに行きたい」というご夫妻を漱石記念館に案内したことがありましたが、2016年に閉館したとのこと。彼らは今どうしてるのかな、あの記念館に行ったことを少しはよかったと思い出してくれてるのかな。

July 02, 2017

早見 和真「イノセント・デイズ」400冊目

ビヨークが主演したラース・フォン・トリアーの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に匹敵する、アンチクライマックス。
もう最近は、こういう小説を読んでも映画を見ても、ハッピーエンドなんて期待しなくなってる。多分私だけじゃなくて、たくさんの人が。

読み進めるのが辛かった。幸乃は私だ。
自分の欲しいものを主張できずに譲ってばかりいて、いつか誰かに必要とされたいと思っても、便利な存在としてしか求められない。またやられた・・・と気づいても、人を攻撃する気持ちはもう湧いてこない。だったら自分などいなくなればいいと思っても、自殺しようとは思わない。
幸乃は独房の中で初めて、もう誰からもいじめられない日々を送ることができた。
ちょっと羨ましいくらい。
私はまだもうしばらく巷にいて、いろんな攻撃にさらされてみることにします。
カンを研ぎ澄ますことで、やられることを少しは避けられるようになるかな。
こじんまりと、なるべく小さいサークルの中で平和に暮らせたらいいな、と思います。
感想になってないや。