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January 2017

January 30, 2017

キャロル・オコンネル「クリスマスに少女は還る」379冊目

なかなか読み応えがありました。女性らしい情感あふれるミステリーで、スリリングな構成も文章力も良くできていて、謎解き以外の部分で読み物としてもじーんとくる部分がありました。
辛口コメントをすると、なにかすごく新しいものがあるわけではないのと、主人公が、“端正な優等生なのに単純な王道をあえて外れる青年”という設定なのにもかかわらず、彼の闇の部分の描写が薄くて、ちょっとお行儀が良すぎるのは、作者の思い入れなのかな、と思いました。


(以下、ネタバレのようだけどバラしてません、多分)
犯人は、怪しんだ人たちのうちの1人でしたが、意外性や面白みという点でこの人がベストだったのかどうかは確信が持てません(←って作者に文句を言ってるのか私は?)。クライマックス近く、主人公くんが携帯である人を追い詰める描写では、読みながら一瞬「もしや!?」と思ってしまったので、そのときの驚きと直後の安心が、この小説で一番のアドレナリン放出ポイントだったかも。


邦題「クリスマスに少女は還る」は最後の最後にならないと意味がわかりません、特に「かえる」がなぜ「還る」なのかは。この邦題はそういう仕掛けだけでなく、目を引くという意味でも秀逸だと思います。原題の意味は「おとりの子」という意味らしく、小説中2大キャラなので納得。もうひとりの「おとりの子」は、最初からそうだろうと思って読んでたので、種明かしがずいぶん遅いなぁと思いました。しかし原題って象徴的というか、あっさりしてますね・・・。


January 28, 2017

日疋信・日疋冬子「志集第56号 無風 その中の生と死」378冊目

乱読、というのはこういうのをいうのかしら。
おもむろに手当たり次第に、興味のおもむくまま本を読む今日このごろ。
通りがかった新宿西口陸橋下で、あの人が立って「私の志集」を売っていました。
私が上京した30年前から、ずっとそこにいる。Big Issueが発行されるよりずっと前から。
今日も通り過ぎようとして、なんとなく立ち止まって初めてその「志集」を買ってみました。
その人はいつものまっすぐな眼差しで少し笑って、お釣りをくれました。
30年前から変わったり変わらなかったりする新宿西口の風景の一部として、自分が公式に認められたような、なんとも言えないいい気分で、私はニヤニヤしながら歩いて家まで帰ったのでした。

で、その「志集」なのですが、第56号なのだそうです。現在の売価は400円。本文16ページ、12編の詩が手書きのきれいな文字で書かれています。どっちが誰の作品かはわからないのですが、91歳の信さんと54歳の冬子さん(販売者ですね)の連名となっています。年の差37歳。(月子さんみたいだね)中にはいくつか、好きだなぁと思った詩があったんだけど、「無断撮影・転載・引用・模倣・作曲・その他一切、かたくお断り致します」と書かれているので、一部の引用もやめておきます。しかし詩っていいですね。感じたままを素直に文字にする。大きなストーリーや伏線や構成は考えなくてもいい。その分感性とかひらめきとかが感じられないと読みとばされてしまうんだろうけど、誰の中にも詩はあるんだろうなと思います。きっと。

恩田陸「三月は深き紅の淵を」377冊目

長年にわたって多少でも本を読みつづけてきた人にはたまらない、読書のゾワゾワやドキドキやは〜~っ!がガッツリと味わえる、歯ごたえのある作品でした。この人の本読むの初めてだけど、すごく達者で自信にあふれていますね。私と同年代くらいだけど、才能があって、かつ、ずっと文章を磨きつづけてきた人の至る境地ってすごいんだなぁ、と感動しています。

この本はメタ構造になってて、「三月は深き紅の淵を」という、書名と同じ名前の幻の本を探し求める物語などが4部構成で書かれています。1つ目の章は本探し。2つ目の章は著者探し。3つ目は本との関係は薄い、とても不幸な物語で、4つ目は作家自身がこの本を書きながら書き進めるエッセイのような形をとっています。この4つ目は最初どうかなと思ったんだけど、とても達者な著者なので、ちゃんと納得感のあるものになっていました。

昔読んだボルヘスの「砂の本」というのが、メタ構造の小説の典型だと思うのですが、あれには度肝を抜かれました。本の中の物語と現実との境目がわからなくなるストーリーは、それほどの没頭感をもたらす圧倒的な筆力がなければ書けません。さすが「このミス」受賞作。この調子で乱読を続ける所存です。

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January 26, 2017

伊坂幸太郎「死神の精度」376冊目

だんだん、ジャンル分けってあんまり関係なくなってきてる気がしますね。
「漁港の肉子ちゃん」にも、最後に明かされる謎があったし、この本の場合「事件」が起こって人が死ぬことはミステリー的だけど、犯人探しやトリック解きの側面はありません。


この本は、最初は特殊な仕掛けで読ませようとするなぁ〜って思ったけど、「雪に中のペンションでの連続殺人」なんて、(とりあえず書いてみたかったんだろ!)と作家に突っ込み入れたくなるようなオイシイ設定だし、きっと楽しんで書き連ねて行ったんだろうなと、だんだん集中していきました。


最後の「死神対老女」に出てくる老女がとってもいい。逆境にあった後どう生きるか?と考えてみたときに、この人のような答えが出せたらいいと思います。
伊坂幸太郎の、こういう人間愛みたいなのが、嫌いじゃないんだよな〜。



January 24, 2017

西加奈子「漁港の肉子ちゃん」375冊目

西加奈子らしい作品だなぁ。
太っているけど、変な顔をするけど、あたたかくて大好き、という世界。
この人の世界には、人と交わることに対する強い不安があるけど、本格的な脅威や絶望は存在しない。
読んでる自分は今けっこう、絶望的な気持ちだったりするので、なにか物足りない気がする。
みんな肉子ちゃんになれるわけじゃない・・・というより、肉子ちゃんという人物造形がちょっとひらべったく感じられる。こんなに都合よく鈍感で優しい人なんていないんじゃない?この人、人間じゃなくて神様でしょう?
書いてる著者がきっと優しい人なんだと思う。


たぶんだけど、私はこの人の震災後の作品の方が好きだと思う。


January 22, 2017

浅生鴨「アグニオン」374冊目

Twitterで有名なNHKPR1号さんがNHKを退職して作家になった。それがこの人で、彼の初めての小説がこれです。
twitterは在職中も今もフォローしてるし、彼のやけにナイーブで正直な感性がとても面白いといつも思ってたので、いつか読もうと思ってたんだけど、いつまでたっても図書館に入らないので買って読むことにしました。


意外なことにSFだった。「中の人などいない」を読んでも、とってもヒューマンで血が通わないものなど嫌いって印象だったので、設定はきっと現実に近いものなんだろうと勝手に思ってた。もちろん、この人の作品であるからには、はみ出し者の、感情の起伏の激しい青年と、一本気な少年が主人公(※ダブル主人公のパラレルストーリーなのです、村上春樹作品的に)。


面白かったよ。けど、造語による熟語がいっぱい出てきて、全部カタカナのふりがなが振ってある、という小説を読むのは最近ちょっと疲れているので、できればそうでない方がありがたかった。あとね、すごく特徴的なのが、二人のヒーローがめちゃくちゃアンチヒーローで非力なの。パラレルストーリーのうち、地底での発掘作業員(”モグラ”)から宇宙への仕事へと下克上を果たそうとするユジーン君は、のっけから挫折して宇宙に行きそびれる。そして悪者の手に落ちて現実世界での生命を絶たれてしまう。その後なんらかの形で復活するとはいえ、この挫折感は大きい。
もう一人の主役、特殊技能を持って生まれた子供ヌー君も、常に虐げられてほぼ厭世的。作者の中にある挫折感や悲しい世界観が反映されてるってことなのかな?


希望を失わない物語だと思うけど、この中の世界で生きていくのはとっても厳しくて、いろんな覚悟が必要。
でも、そういう物語だからこそ、安易なカタルシスがない分、私もがんばろう!という単純な勇気をもらえた気がします。


January 20, 2017

ミルチャ・エリアーデ「マイトレイ」373冊目

池澤夏樹が選んだ「現代世界の十大小説」っていう新書(後日、こっちも感想を書く予定)の中で選ばれてたので、図書館で借りてみました。ルーマニア人の若者がインドで研究中に下宿をさせてもらった名家の令嬢と恋に落ち、父親に仲を引き裂かれた、という著者の実体験に基づく小説です。著者エリアーデはその後宗教学者として大成した学者でありながら、この「マイトレイ」の他にも小説の大著を何冊も残したとな。・・・そんな解説を読んで、大いに興味を持って読み始めたわけです。

許されぬ恋を引き裂かれるという、ロミオ&ジュリエットであり、ウエストサイド物語であり、その他もろもろの悲恋物語を実体験から描くからには、さぞかし胸を引き裂くような情緒的な作品だろうと思ったら大間違い。彼は学者です。ずっとつけ続けた日記には、初対面の彼女の肌の色やおどおどした物腰を見て”醜い”とさえコメントしています(その後、逆にその野生的な魅力に溺れていくさまも克明に描かれます)。という、ある意味男性優位的で、冷静で非情緒的な観察日記のような本でした。ノンフィクション風。徹底して書かれるのは著者自身の心の動き。この人きっと自分大好きなんだろうなぁ。相手が全くの異文化における未成熟な感受性の強い少女なので、ヨーロッパから来たばかりの若者には到底理解のしようもなかったのかもしれないけど。

解説には、その後マイトレイ(なんと実名)と数十年後に再会したとか、実話とは違えて書かれている部分もあるとか(本当は彼自身、何度も手紙を書いて深追いしたのに、小説ではすぐに冷めて行きずりの女性と寝た話とかでもみ消されている、等々)、ますます赤裸々な事実も暴かれて興味深いです。

主人公の彼は時々、マイトレイや他の女性たちが”稚拙”と感じられることを言ったときに、さわやかに嘲笑するんだ。あまりの愚かさに楽しい気持ちになった、というような描写がちょいちょい出てくる。現代日本で暮らす私には「感じわるーい」と思えてしまうんだけど、もっと広い心で読んだほうがいいんだろうか。でもね、歴史に残る名作でも、肌触りがよくないとやっぱり大勢の人には読まれない。(日本だけかな?)
情緒にばかり働きかける、音楽や涙の演技ばっかり大げさな、ありがちな日本の映画がいいとは全然思わないけど、率直さを評価するにしても、私はもうちょっと女性的な視点の方がいいな、やっぱり。マイトレイ自身も作家になり、彼女の側からの物語も書かれているらしいので、もし手に入るようなら読み比べてみたいです。(マルグリット・デュラス「愛人」の、愛人側からのストーリーなんかも読んでみたいもんですね)

とか言いつつも、大失恋の痛みを、読みながらなんとなく追体験して辛〜い気持ちになったりもしたのでした。それこそが小説のたのしみ、だよね。

January 18, 2017

東野圭吾「犯人のいない殺人の夜」372冊目

うーむ、黒い。
目をそむけたくなる人間の暗部を晒す傑作選、ってかんじです。
この短編集に収録されている作品には、以前「東野圭吾ミステリー」みたいなタイトルの1話完結ドラマとして放送されたものがいくつもあります。たとえば冒頭の「小さな故意の物語」は、波瑠(朝ドラ主演前)と三浦春馬が主役で、すごく印象に残りました。小説の彼女は、ちょっと黒いものを心の中に隠していたけど、ドラマでは偏りのあまりない大人っぽい少女で、自分の一瞬の“故意”を背負ってひとりで生きて行く覚悟をしてた。波瑠のクールさと三浦春馬の純真さが際立って、とても切ない作品でした。原作を改変したとまではいえないこういう工夫で、原作のある作品の展開がさらに豊かになるんだな。


それはそれとして、この人の小説のこういう黒さは苦手。最近もそうなんだろうか。この本の収録作品は1980~90年代に書かれた昔のものばかりなので、店頭に平積みしてあるものも読んでみよう。


January 15, 2017

森瑤子「デザートはあなた」371冊目

ある”業界人”の男が、彼を取り巻く麗しき女性たちに様々な料理を自ら振る舞い、その度に「デザートは、あ・な・た」(実際は恋人以外は食べないんだけど)、っていうバブリーな短編集。
バブルというより、高度成長期の香りさえする1991年発行作品。まだ弾けそうな気配もありません。


その男、俊介と、美人だけど”牛乳瓶の底メガネ”の菜々子のとてもセクシーな関係。俊介を囲む多くの「いい女友達」。菜々子の恋愛と、それから自立し続けるための別れ。
失恋しがちで、男の後を追ってしまったりする私としては、お手本のように思える眩しい世界でした。
キャビアとカラスミのスパゲティなど家で作る広告代理店の男、ですから。


この作者、森瑤子は、バブルを駆け抜けて1993年に53歳で亡くなっています。こんなに華やかで、どこか品良く、美しき世界を繰り広げた彼女はとても素敵な女性だったんだろうなと思います。


岡嶋二人「解決まではあと6人」370冊目

いいな、こういう本格ミステリー。ガッツリとくる読み応え、堪能しました。
説得力のある仕掛けとしっかりとした構成力。読者としてミステリーを長年楽しんできた人にしか書けない(と思う)お楽しみがたっぷりの作品でした。さすが、(今なぜ)Book1stイチ推し。


今なぜと問いたくなるのは、この小説の初版が1994年、23年も前だから。
今では成立しないような、個人情報の閲覧の場面がたくさんあったり、今なら簡単に街頭カメラで足取りが割れそうなところで行き先を見失ったりと、今とは違う推理の進め方が懐かしい。
当時の大学生の語彙(「ボイン」とかw)も、なんかオッサンっぽくっておかしい。
現実をあまり意識してしまうと、この先街頭カメラをハックするようなサイバー犯罪しか書けなくなっちゃいそうだけど、それならそれで、時代物として昭和が舞台のミステリーなんかを書いてもらってもいいんじゃないかな〜と思います。


January 13, 2017

羽田圭介「成功者K」369冊目

20年ぶりくらいかも、文芸誌を買ってみたらこの長編がまるまる載ってました。
なにこの人、露出狂的私小説家?と思いながら読み進めていくうちに、いや違うな、できすぎてる、とうっすら気付くんだけど、面白いので乗せられたまま進んでいきましょう。


感想: 面白かったー。
「虚々実々」って感じ。ひょうひょうとしたあの雰囲気で、やたらと自慢げに、赤裸々に本音を語ってるような顔で小説を騙る。変な奴だ。
世間的な“成功者”としてのピークは、高層マンションと高級外車と女優とのデート、あたりなんだろうけど、転落の兆しと見えたものが実は現実で、気が付いたら元の狭いマンションの部屋からパークハイアットを見上げている。
女優の彼女もウソならテレビ出演もウソで、そもそも芥川賞なんて取らなかったんじゃないか。


「パークハイアットを見上げる部屋」ってのがなんともリアル、というのも私もそういう位置関係の部屋に住んでたことがあるので、西新宿の尖塔(パークハイアットのほかにも、都庁や代々木のドコモビル)を低層のアパートや戸建のごちゃごちゃした界隈から日々見上げる劣等感?のような気持ちが、よくわかる。


「コンビニ人間」とかもだけど、小説ってのはまず面白いのがいい。何よりそれがいい。どこか変なところに連れていってくれるのがいい。だからこの作家も良い作家なんだと思う、多分。