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July 2014

July 28, 2014

G.ガルシア・マルケス「百年の孤独」308冊目

二段組み300ページの長編ですが、2日で読了。
タイトルから想像した“禅の世界”的な静けさのない、うるさいくらい賑やかな小説で、一族の男たち女たちが欲張ったり攻撃したり意気消沈したり、煩悩の限りを尽くすのが面白くて、ずんずん読めます。

初心者としては、先に「予告された殺人の記録」を読んでよかったです。
描かれている世界はこちらのほうが時間軸もテリトリーも登場人物の数も膨大で、神がかった奇跡もこちらのほうが大規模です。視点がとても高いところにあり、殺し合い、欲張って大事なものを失ってばかりいる人間たちの愚かさを、否定も肯定もしません。が、天真爛漫な少女だけは“透き通って天に昇っていった”。インセスト・タブーを犯した二人の間に生まれた子どもには“豚の尻尾がついている”。でもあらかじめ注意したところで、人はやはり過ちを起こして、栄えて滅びる。という、ひとつの激しい一族の栄枯衰勢の物語。

同じ名前の人たちが大勢出てくるので、誰が誰だかすぐ混乱してしまいますが、多分べつに混乱しながら読んでも良いのだと思います。(どうせ繰り返すんだから)この一族の物語を書いた人がいて、また別の一族のことを書いた人がどこかにいるかもしれない。他の国の他の一族は少し違うだろうけど、結局のところ同じようなものなのかもしれない。

すべてがあらかじめ書かれているという運命論的なところや、最後は崩れ落ちてなくなってしまうという悲観的なところが、唯一他に読んだことのある南米作家のボルヘスと似てるんだけど、その意味するところは??

この小説も、とても面白く読めたし壮大で深淵な感覚をもたらしてくれたけど、短い分細部まで見渡しやすい「予告された…」の方が自分としては押しです。

July 26, 2014

エルヴェ・ギベール「楽園」307冊目

タイトル借り。
著者のことは知らなかったんだけど、「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」という本を書いてエイズを告白し、90年代に話題になった人なんですね。この本で描かれている美しく退廃的な生と死の裏に、そういうことがあったのか、と腑に落ちる感じがします。

南国の熱や病気やケガでだんだんおかしくなっていく主人公ですが、情緒的なところがなく、脳が物理的に機能不全に陥っていくような乾いた感じがあって、読んでいて不思議と快適です。

エイズという病気が1990年に発覚するということは、自分の「カウントダウン」が始まったということを意味していました。世界中の人たちがこの病気を過剰なほど恐れていた頃です。残りの生命をどう生きるか/生きたか、という記録のようなものとして、この本を読めばいいのかもしれません。

知り合ってすぐに恋人になったジェーンが「ぼく」と巡る、アフリカとカリブ諸国。行き先での生活は華美ではないけど放埒…。小説は彼女の死から始まり、セックス、病気、おいしい食べ物、死、気まぐれや事故と退屈、といったものをただ受け入れて暮らす「ぼく」の状況を淡々と描写します。

「ぼくの命…」を書いたことで得られた“あぶく銭”を手にした、“小説を書いたことのない小説家(比喩的に)”は、美貌のフォトグラファーでもあり、当時かなり注目されたことが想像できます。フランスのどこへ行っても好奇心と哀れみと恐怖の目にさらされたでしょう。残り少ない生を生き抜こうとする中で世界を回り、自分の肉体(脳も含めて)が少しずつ崩壊していくのを観察しながらこの小説を書いたのだと思われます。

ある意味当時の“流行”として世界中に流布し、日本語訳まですぐに出版されたこの本を今、店頭に置いている書店はもうないでしょう。エイズはもはや“すぐにカウントダウンが始まる病気”ではなくなりつつあります。この本に出会える図書館って貴重な場所だな、と改めて思うのでした。

July 23, 2014

吉田修一「東京湾景」306冊目

小説を読むということは、特に意味もなくスマホのゲームをやり続けるのと同じくらい、自分にとっては“やすやすとできて楽しいから、ついつい溺れてしまうこと”のひとつです。だから小説ばかり読まないように気をつけていた時期もありました。

最近は中毒のように映画ばかり見ていたので、本を読むなんてそんな面倒なこと今さら…という気持ちになってましたが、試しに読み始めてみたら、昔と同じようにどんどん読み進んでしまいますね。これからしばらく、また図書館通いしようかな。

さてこの本、「初恋温泉」より面白かった。こちらは長編。
ガテン系の若い男性と、出会い系サイトで知り合った、普通っぽい女性との恋愛。
彼は正直で不器用で、少し衝動的なところがあるけど優しい男。
彼女は仕事も恋愛もしてるけど、“何も楽しいと思えなくて本当にきつい、と言って死んでしまった友達に似ている”と描写される。
という、その後の「悪人」につながっていきそうな設定があります。

この二人の人物像がなんとも引きつけます。空しいようで、胸の奥に熱いものを秘めているようで。
反感でなく共感を呼ぶのは、彼らのなかの熱いものがなにかまっすぐだからかな。自分がうまくいってないとか考えないし、なにも世の中や他人のせいにしない。おずおずとだけど、人とふれあおうとする。二人が出会ってからは、なんとなく化学反応が起きて、彼らも周囲も変わり始める。彼女は会社を休みがちになり、彼の元カノがおかしくなってくる。…この小説が終わった時点では、まだそれがハッピーエンドに終わるんじゃないか、という期待感も残っていて、これから彼らはどうなるんだろう、と気になって仕方ありません。それがこの作家の力量なんだろうな、と思います。

いいなーこういう感覚。読み終わってまた小説読みたいなーと思う感じ。もうしばらく読みふけってみよう。

July 21, 2014

G.ガルシア=マルケス「予告された殺人の記録」305冊目

南米で撮影された、素晴らしい映画を見ているようでした。
小説はとっても短くて、文庫本143ページなんだけど、情景が浮かぶ作りになってるのです。立ち位置やカメラの視点まで設定して書いたんじゃないかと思うくらい、この小説は映画なのです。
町の広場とそこに面した店々、家々、働く人たちや行き交う人たち、純真だったり憎悪に燃えたりしている人たち、よく研いだ豚のと殺用ナイフ。一人一人が確実にそこに存在していて、脇役の人のそれまで、それからの人生までそこにあるようでした。
一番最近のあたりでいうと「横道世之介」みたいな、過去と現在を行き来しつつ最終地点に収束する構成ってのは、1981年に書かれたこの小説より、おそらく映画の方が先?
そして、夢占いや偶然の連なりのせいで現実離れしていく内容も、実は夢とかオカルトまでいってしまうことはありません。

美しい映画のようだけど、その裏には、人間の流されやすさや残酷さ、ずるさもリアルに見えてきて、読んでも読んでも濃いままです。だけどシリアスになりすぎず、祝祭のような美しさや華やかさが色あせないまま終わります。

いやー面白かった!もっと読みたい。

デカルト「方法序説」304冊目

なんで今この本を読むかって?
いちおう入会してるけど全然行ってない、とある勉強会の課題図書になったから。
読み込んで要約して発表する気はないけど、いつも課題図書は読んでる。

感想:おもしろかった。笑えた。
デカルト氏はたぶん、この時代のフランスで一番疑い深く、重箱の隅をつつかせたら右に出るものはないようなMECEの達人だったのに違いない。インチキ錬金術や、疑うことを許さない宗教家が跋扈する世の中で、真実を追い求めて追い求めて、たどりついたのがイマココです、という宣言を記した本でした。「方法序説」というのは、いくつかの自然科学論文の前文として、著者のスタンスを宣言するための文章だったのでした。(知らなかった)

この几帳面さがなんとも人間味あふれていて、たとえば
“…わたしの意見の批判者として、わたし自身よりも厳格で公正だと思われる人には、まず一度も出会わなかったわけである。それにわたしは、学校で行われている討論というやり方で、それまで知らなかった真理を何か一つでも発見したということも、みたことがない。"(p90ー91)
ニコリともせずにまっすぐ前を見て、とうとうと語る“空気読めない”かんじの哲学者の表情を想像して、愉快な気持ちになります。そして彼の言っていることは、その几帳面さゆえにいちいち正しい。もっと正確にいうと、非常に確からしい。

“…ある種の精神の持ち主は、他人が20年もかかって考えたことすべてを、2つ3つのことばを聞くだけで、1日で分かると思い込み、しかも頭がよく機敏であればあるほど誤りやすく、真理をとらえる力も劣り…”(p100ー101)
SNSであいまいな情報を垂れ流してる私たちへの警鐘でしょうか。

勉強会には出てないけど、いつも本を選んでくださる先生の慧眼に驚かされます。こんな薄い本だけど、読んでみて良かったです。

吉田修一「初恋温泉」303冊目

芥川賞受賞作の「パークライフ」が好きで、「悪人」も泣けたし「さよなら渓谷」も「横道世之介」もよかった。図書館に寄ったので、思いついてこの作家の本を2冊借りてきたわけですが。

この本は、良くも悪くもないという印象です。
離婚しかかってる夫婦や、亀裂が入り始めたばかりの夫婦や、不倫カップルや、高校生のこどものようなカップルが、温泉に行くだの行かないだのと話を繰り広げます。

どの男女も一様に、男と女の会話がかみ合いません。幸せそうに見えてもどこか空虚。冷めきっているような中に愛がある。という、一筋縄ではいかない男女を描いてリアリティがあるのですが、短編集なので短いスキットの断片だけで、そこから壮大な人生を思わせるわけではありません。

やっぱりちゃんと長編を読んでみるべきかな。