« 伊藤俊也監督「女囚701号 さそり」279 | Main | 今村昌平監督「豚と軍艦」281 »

September 06, 2011

ジョナサン・サフラン・フォア「ものすごくうるさく、ありえないほど近い」280

前作「エブリシング・イズ・イルミネイテッド」で強烈な印象と、一生忘れられない痛みを私の中に残してくれた若いアメリカのユダヤ系作家のことを、ずっとwatchしていました。
ずっと待ってた新作が出るというので、発売前から予約してたけど、届いてみたら前作にも増して読みにくくて、旅行中の時差ぼけや待ち時間のおかげでやっと読み終えました。(トム・ハンクスとサンドラ・ブロックというありえないほどハリウッドスターなキャストで映画化されるらしいので、読むのが辛い人はそっちを見るといいかも。でも、どうなんだろう)

表面的ななぐさめなどでは絶対に解決できない、ほんとうの深い痛み。戦争や災害の被害者を、たとえば「合計100万人」と呼ぶのでなく、「xx村のxxさんは、このように生きてこのように思い、そしてこのように死にました」と描いてほしかった、という想いが前作を書かせたのかな、と今は思います。津波で流される街を何度も何度もテレビで見せつけられた後だから。(新藤監督も「一枚のハガキ」でそういう思いを映画にしてましたが、まったく違う方法論が興味深いです)

そういう痛みをどうすればいい?解決はできないけど、寓話にすることで、思い出したときの痛みを少しやわらげることができるのかもしれません。

今度の本では・・・
911で父親を亡くした少年が、心に深い痛手を負ったまま母親と二人で暮らしています。母親に言えない秘密を胸に隠したまま、父が残したなにかの鍵にぴったりの鍵穴を探して、ニューヨークじゅうを歩き回ります。その中でたくさんの大人たちに出会い、自分の祖母や祖父にも出会い、母とも出会いなおします。彼の心の旅はどんな結末を迎えるのでしょう…。

著者はまだ34歳。恐ろしい若手、と呼ばれてますが、改めて考えてみると、若い人が書くものが未熟だと決まってるわけじゃありません。25年なら25年生きて考えてきたすべてを力いっぱいぶつければいいわけで、50年の作家が慢心して手すさびに書いたもののほうが未熟である可能性もあります。自分の持てるものに不満を言うひまがあったら、未熟なりの100%を出せばいいんだ…と気付きました。

本が読みにくいのは、かなりユニークで感受性の強い少年が一人称で語るから。語り手がどんどん入れ替わるから。(前作と同じように、少年の祖父母が彼らの若いころからのことを一人称で語る章が交互に入ります。)少年が置かれている状況を理解するのが難しいから。(鍵って何なのか。出会う人たちは誰なのか。なにか伏線があるのか、ないのか。)etc.

前作よりは結末に救いがありますが、それは本当に未来が明るいからなのか、それとも絶望が深すぎて光のようなものを置いてやらないとだめだと著者が思ったのか。

解説するのが非常に難しい作品なので、よかったら読んでみてください。500ページ近くありますが。。。

「エブリシング…」との共通したメッセージは、「受け止められる限界を超える痛みをもってしまったときに、救ってくれるのは想像力なんだ」ということなのかな。と、私は受け取りました。次の翻訳書も出たら買います!以上。

« 伊藤俊也監督「女囚701号 さそり」279 | Main | 今村昌平監督「豚と軍艦」281 »

本)文学、文芸全般」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

« 伊藤俊也監督「女囚701号 さそり」279 | Main | 今村昌平監督「豚と軍艦」281 »