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August 29, 2011

立花珠樹「新藤兼人 私の十本」277

ここが元は本のブログだったことが、忘れられてきた今日この頃。
この空前の(自分だけの)日本映画ブーム、いや新藤兼人ブームを生みだした張本人の立花珠樹氏の本をやっと通しで読んだので感想を書きます。立花さま 本のご寄贈をありがとうございました。

この本は、新藤監督の自選による自身の監督作品10本について、著者がインタビューする形で構成されています。その10本は以下の通り。各章に、一節だけでその映画の本質がわかるフレーズ(いずれも監督の言葉です)が添えられているので、合わせて引用します。

1. 愛妻物語「シナリオを才能がないと言われ、足が震えた」(1951年)
2. 原爆の子「アメリカに反抗的なものをつくっちゃいけない、と言われた」(1952年)
3. 裸の島「乾いた砂というのは、乾いた心なんです」(1960年)
4. 人間「内面には一つの毒を持っている。それが人間なんだ」(1962年)
5. 鬼婆「ススキの原に人間がザリガニみたいに潜んでいる」(1964年)
6. 裸の十九才「自分で自分を負けに追い込むな」(1970年)
7. ある映画監督の生涯「ふいに「田中絹代に惚れてるんだ」と」(1975年)
8. 落葉樹「セックスには神が宿っている」(1986年)
9. 午後の遺言状「あなたの見事なしわを撮りたいんだ」(1995年)
10. 一枚のハガキ「突き刺されて死ぬのは兵隊なんです」(2011年)

作品について語ってもらうことの中から、60年間の監督生活が浮かび上がってきますし、これは戦後映画史の一片でもあります。各作品インタビューのあとに関連人物の略歴、年表、作品集といった資料が載せられているのも便利なのですが、見落としそうなところに「老いても転がる石のように-「私」の新藤兼人論」という短い評論もおかれています。実はこれが総括で、監督としての仕事や人物像を全体として語っている重要なところなので、お見逃しなく!

本全体を通じて、監督の心に寄り添って理解者・代弁者に徹していて、評価したり総括したりすることは最小限にとどめていると感じます。私は映画を見てから本を読んで、それから感想文を書きましたが、一通り終わってから今度は本の各章・自分の感想文の順に読み直してみました。面白いですね、こういう見方も。「ああそうだったな」とおさらいしながら、もう1ラウンド楽しめました。

映画はときどき見るていど、映画好きだと思ったことはない…という私がなぜか映像制作と関係のある仕事をするようになって、「映像って何なんだろう」ということをもっと知りたいと思ってました。一人の監督の作品を10本、監督インタビューつきで見るのはとても新鮮で、夢中になるほど面白く深い経験でした。

インタビューで、監督は1つ1つの映画をどのように意図して作ったかをよくしゃべります。「人間」で登場人物を牛や犬になぞらえていたなんて、監督に聞かなければわかりません。種明かしのようなそういう話もとても興味深く読めます。

インタビューで中心になるのは監督を取り巻く人物のこと。脚本家時代の溝口健二とのこと、最初の妻のこと、乙羽信子のこと、殿山泰司のこと、乙羽信子のこと、乙羽信子のこと、…まぁこの人の話が中心になるのは当然ですね。相棒であり最初の妻と母の分身であり看板女優であり。この二人の化学反応がなかったら新藤監督はどんな監督になったでしょう?たとえば、鬼婆という映画を作ったかどうか、作ったとしてもあれほどの鬼気迫る演技をしてくれる女優が見つかったかどうか、という点などは怪しいと思います。

新藤監督は、妥協をしないのですね。「あまりしない」じゃなくて「しない」。自分がいいと思うことをする。運や仲間やいろいろなことに恵まれてできた作品たちなんだろうけど、運をつかむのもその人次第だから、最低ラインとして、人の心を動かすほど真剣に一つのことを続けるってことが必要なのでしょう。映画に限らず。

新藤監督の作品は、若いころの作品にも「青臭さ」は全然ありません。常に地面に足をしっかり踏ん張っていて、無理がなく落ち着いています。でも若いころの作品には、差し迫った危機に立ち向かうとか、熱い情熱を形にするといった激しさがあり、年をとるにつれて涅槃に近づいていくような、おだやかな充足感が増していくように感じました。

私自身は映画の入門書のようなつもりでこの本を読ませてもらったので、ここまで時間をかけて10本の映画をこれから見るつもりでない人(もうほとんど見た、あるいは見る予定がない、とか)、つまり大多数である、私から見れば先輩(笑)のような人たちにどういう風にこの本を説明すればいいのかわかりませんが…。私にとっては「趣味は映画です!」と言える一線を越えるための重要な一冊となりました。

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Comments

立花さま コメントをありがとうございます。
1冊丸ごとおつきあいくださって本当に感謝しております。
「勉強になります」だなんて!もったいない!!
足元にも及びませんが、素人らしい忌憚のない感想を、なるべく人を傷つけない程度に、これからも書いていこうと思います。
これからもご指導ください。(勝手に一方的に師事しています)よろしくお願いいたします。

 昨年11月に出した「『あのころ』の日本映画が見たい!」を、面白がっていただいたのが嬉しくて、「新藤兼人 私の十本 老いても転がる石のように」を、お送りしました。まさか、こんなに読み込んでいただけるとは!!
 苦労して書き上げた本でしたが、この読者を得たことで、出した甲斐があった。そんな気持ちです。
 自分なりに振り返ると、この本の最大のポイントは、新藤兼人さんが「言葉の人」である、ことだと思います。だから、聞き手である自分は、新藤さんの「言葉の力」をいかに引き出すかが、勝負でした。
 最後の監督作品「一枚のハガキ」が、とてもいい作品だったのが、自分の中のバネになりましたし、俗な言葉でいえば「相性がよかった」のが、長いインタビューの間、支えになりました。 
 これからも、映画に関する文章を書いていきたいと思っています。今後は、言葉にはなりにくい「映像の力」をどう言葉で伝えていくか、が自分の課題かなと思っています。
 といっても、もともと難しいことを考えるタイプでないので、映画の楽しさは忘れないで、書いていくつもりです。
 まめたろうさんの映画評は、すごく勉強になります。
 ネットの世界が、本を介して現実につながり、またネットの世界に帰っていく、そのこともとても貴重な体験になっています。
 これからも、ブログを読み続けていきます。現実の「映像制作と関係のある仕事」でも、より一層のご活躍を祈っております。

 
 

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