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August 04, 2011

新藤兼人監督「原爆の子」266

戦争の記憶がまだ新しい1952年に作られた映画。まだ壊れた家の跡が石ころだらけのまま残っていたり、生き残った人たちが突然発病して亡くなったりする時代です。乙羽信子が、終戦後6年たって初めて広島に戻る幼稚園の先生の役。当時3人だけ生き残った園児たちを訪ねるのですが、家族や本人が発病したりしていて、「生き延びてよかった!」とは喜べません。

この映画で彼女は、ふっくらと健康そうな「ある意味無神経な語り部」役です。苦しむ人々を訪ねてあたたかい言葉をかけたり、”ピカドン”で体が不自由になった老人の孫を引き取ろうと言ったり。どんな取材にもある、報道者(と、その後ろにいるたくさんの無傷の人たち)が取材対象者を傷つけてしまうという面を、あえて残してあると感じます。でもここで彼女は自分自身も家族と一緒にピカドンに遭って、たまたま自分だけ生き残った人でもあり、数年後にこの人にも症状が現れる可能性も内在しています。

はー…
今たまたまこの映画を見て、感じたり、比べたりしてしまうことがあります。
原爆と原発は材料が同じでも性質が違うものなので、同じ症状が起こるわけではないはず。でも気持ちの上では、戦争のような絶対悪的な存在を憎む代わりに何を憎んだらいいのかわからないところが、原発事故のほうが気持ちのやり場がありません。
大切に育ててきた野菜を棄てたり、家畜を殺したりしなければならない人の気持ちは、どこにやればいいんでしょう。戦争も原発事故も人間自身の起こしたことに他ならないけど、有名な独裁者たちに比べて、電力会社の人や政治家の人たちは、愚かには見えても極悪人だと思えないところがどうにもなりません。私自身、無力感ばかりで、何をやっても救われないような気持ちです…。

今この映画を見てよかったことは、生き延びた人がいたということや、その後60年以上、大枠で日本の人たちがあきらめないでやってこられたと、噛みしめられることでしょうか。

…さて、印象に残った言葉づかいについて書いておきます。
この人の脚本では「だって…なんだもん」と理由を強調するときに「…なんですから。」ってかならず言うのですが、実際にそういう言い方をする人を見た覚えがありません。古い言い回しなのかな。
乙羽信子の「さよなら。」は「ら」が下がります。さよならの語源は「左様なら(失礼します)」らしいので、語源をリスペクトしたかのようなアクセントです。が、そういう言い方をするのはこの映画では乙羽信子だけ。

それから、誰でも気づくことだと思うけど、まだ44歳の北林谷栄の老婆っぷりがすごい!この人本当に天才老婆女優だなぁ。

…以上。

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