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July 06, 2011

東陽一監督「もう頬づえはつかない」257

1979年作品。当時の大学生の雰囲気や気分がとてもよく描けている映画だと思います。女子大生「まり子」は桃井かおり。彼女が追いかけている、自分にしか興味がない”ポスト全共闘時代”の年上のライターが森本レオ。桃井かおりが酔ってうっかり付き合い始める大学生「橋本くん」が奥田瑛二。その3人だけを中心に映画は進んでいきます。

「女子大生が愛と性を通じて成長する様子を描いた」って書いてある解説もあるけど、なんか違う気がする。すごく違う気がする。
なんとなく、そんな積極的なところが全く感じられない。だからこそリアル。

私が女子大生をやっていたのはこれより10年後だけど、バブルが来なかった田舎だからか、極めて同時代感があります。狭いアパート、共同電話、ビニールロッカー・・・。ただ、アパートの近くにレストランバーがあったりする都会風の生活はちょっと自分よりカッコいい気がする。。。

ストーリーに優れたところがあるわけじゃないです。古今東西、このくらいの年齢の男女はきっと同じようなことをやってきて、これからも同じだと思います。
別に好きでもないのになんとなく付き合い始めたり、たいした男でもないのに執着したり。大学生くらいってまだ自分の生き方が確立してなくて、こうだと強く言う人がいればそうかと思い、いやそうじゃないという人が現れればそうかもと思う・・・そういう感じじゃないかな。

この映画のイイところは、流されているようでどこか根源的な生存本能を感じさせるまり子の強さと、そんな強い女をどうしようもなく巻き込んでいく、男たちのダメさ、じゃないかなと思います。まり子は職場にゴキブリが出たくらいでキャーキャー騒ぐ女たちを恫喝する。一方奥田瑛二演じる「橋本くん」は、ゴキブリってのは何億年も前から生き延びててすごい存在なんだから殺すな、って訳のわからない理屈をくどくど言う。なんてダメなんでしょう。・・・この場面はこの映画に必須です。これがないと伝わらない。

この映画を勧めるとしたら、すこしフワフワしていた頃の自分を思い出してみたい、という人かな。・・・以上。

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