« May 2011 | Main | July 2011 »

June 2011

June 26, 2011

本多猪四郎監督「マタンゴ」254

1963年の作品。
裕福で享楽的な若い男女7人の乗ったヨットが難破し、食糧のほとんどない無人島に漂着する。
(この辺で「電波少年」を思い出してしまう)
内訳は、男性5人、女性2人。女性2人に男性たちの目が集まる。
(この辺で「東京島」を思い出す、あれは女性一人だけど)
探しても探しても、食べ物はわずかしか見つからない。残ったのは毒キノコだけ!
キノコに手を出すかどうか、究極の選択!

・・・という中で仲間割れや争いが起き、ついには殺し合いまで・・・。
特撮技術は今より低いけど、まじめに見られる内容で安っぽさは感じられません。
人間の欲望のなれの果てをよく描けてるけど、なるほどという感じで、それほど強く印象に残る映画ではなかったです。自分としては。
ただ・・・(ネタばれ)モロボシ・ダンが最後寝返って逃げちゃうのは、ウルトラマン世代としては軽くショックでした。
以上。

June 24, 2011

津田大介+牧村憲一「未来型サバイバル音楽論」253

金髪のとんがった才気あふれる青年、というイメージの津田氏に興味があって読んでみました。するどいナイフで、読んでる私まで切り刻まれるのかと思ったら、意外と普通の新しもの好きな若者だなぁという感想です。
なぜなら、彼は「新しいことをしている人」にひかれるから。
まわりに動かされずに、普遍的な価値だけを求める人のほうが怖い。今より新しいものに期待するのは、私もそうだからちょっと安心したというか。

音楽業界は変わりつつある。レコードからCDへ、そしてCDが売れない時代へ。売れなくなったCDの分を埋めるほどダウンロード楽曲は売れてない。そんな時代に音楽で食べてい。(シェアではなくマネタイズが基本姿勢となってます)にはどういうやり方があるか。という実験的な事例がいろいろと紹介されています。

流れとしては、曲を作って頒布するのにかかるコストは激減してるので(って言ってもProToolsは高いよ!)、個人で直接世界に向けて曲を売ることができるようになってる。巨大レコード会社には、今のままでは未来がない。というところまでは動かしようのない事実。

で、これからは古代の音楽の世界に戻っていくのか?
小さい街や仲間内で楽器や歌のうまいやつの録音を、売りあい買いあう小さい商売ばかりになるのか?
儲けるためじゃなく、いいものを掘り出して、聴きたがってるところに情報を流すプロデューサーの存在がますます重要になるけど、質も数も足りてるかどうかわからないし、「大衆」は細分化されてしまった後で、大量に音楽を売ることはますます難しくなる。

私がずーっと好きでCDを買ってる30年前からのアーティストは、一発屋だったと思っている人もいるし、名前も知らない人がほとんどだけど、自分のレーベルでもう何年もCDを出していて、ニューアルバムのSpecial Editionはオフィシャルサイト限定で通販してる。これをサイトからのメールで知ってすぐに申し込む人が、日本にもたぶん100人くらいはいる。。まったくの新人1万人の曲を、私はひとつひとつ聴いてみようと思わないし、その中から才能を見つけ出すのは、私より才覚のある専門家の仕事だと思います。だから音楽番組はありがたいし、レコード会社のスカウトマンは絶滅しないで違う形でも生き残ってほしい。

私はこれからも、たまたまラジオやTVで聴いた無名のバンドのチケットやCDを買うし、友達が薦めるものも、チャートの上位のものも聞いてみる。気に入ったら買うかもしれない。でももう、それほど手を広げようとは思わないんだ。私に処理できる情報量は、それくらいでmaxです。

ところで、書かれてる過去のできごとの時系列がびみょうにズレてる気がする点がいくつかありました。たとえばライブハウスのチケットノルマは86年前後からだと言ってるけど、私が81年~84年に出させてもらったイナカのハコにもノルマありましたよ。まさか九州発祥!?「イカ天」はそれよりずっと後(wikiによると89-90年)だし、「ホコ天」は外でタダでやるものなので、ライブハウスの経営とは関係もない。その後に書いてる「アパレル業界や不動産がどんどん進出してきた」という「ライブハウス」は、ノルマ制とは無縁の「小さめのコンサートホール」のことじゃないのか?とも思う。日清パワステとか?あっという間になくなったサイカとか?頑固おやじが自分の才覚だけでいいバンドを見つけて、ノルマなしで出演させる敷居の高いライブハウスは80年代にも確固としてあって、そういうのにいつか出てぇなとつぶやきながら、ノルマチケットのためにバイトに精を出すっていうのが若く貧しいバンドマンたちの典型だったと思います。

ステレオとウォークマンの関係も、私の経験と違う。私の町にも80年ごろに貸しレコード屋ができて、それを借りてきてカセットに録音して家で聴いてました。ラジオを録音したい人はずっと昔から「ラジカセ」で「エアチェック」をしてたし、ラジオ録音用のモノラルカセットレコーダー(今のICレコーダーみたいなの)はもっと前からあった。ウォークマンはステレオを買えない人じゃなくて、家にステレオセットがある人が自分の、あるいは友達や貸しレコード屋で借りたレコードをカセットに録って外で聴くための贅沢なおもちゃだったと思います。(私は大学入ってバイト始めるまで買えなかった、、)

とかいろいろあるけど、音楽に対する著者二人の愛情はじわっと伝わってます。最後は音楽に対する愛だよね。私は家のミニコンポ(LP、カセット、MDも対応)で、各種フォーマットの音源を今夜も楽しみます。以上。

June 21, 2011

浦山桐郎監督「キューポラのある街」252

浜田光夫と吉永小百合でとっても有名な、1962年の作品。キューポラ=煙突がにょきにょき生えてる、鋳物工場の多い埼玉の川口が舞台です。このところブログで「昔の映画は女優さんが可愛い」と続けて書いてるので、今回も「吉永小百合が可愛い」と書くつもりで見てましたが、この映画の彼女は、女神のように優雅で優しい大人の女性にはまだなっていなくて、ほぼハーマイオニーです。優等生で気が強くて、父親に「そういうの、無知蒙昧っていうのよ。」って意見しちゃったり、チンピラの親玉にケンカ売りに行ったりしちゃう、少年のような女の子です。
天才バカボンのママ・・・いや、ハジメちゃんにも見えます。(理屈っぽいところが)そして父親(のちに黄門様と呼ばれるようになる東野英二郎)がバカボンのパパのモデルなのではないかと、わりと本気で思う。

川口って街には縁がなくて行ったこともないので、今と比べることもできないんだけど、この時代によくあった工場の街の風景なんでしょうね。

「ダボハゼの子は、ダボハゼだ!」とか半島の人に対する発言とか(愛をもって描かれてるんだけど)、言葉の激しさが何かすがすがしい・・・。難しいですよね、誰かを傷つけるような言葉は使いたくないけど、腹から出てくる言葉をそのまま言いたいし、そのまま聞きたいという気持ちも強くある。

後半、教会の説話のように、勤労と勉学と連合によって明るい未来を築いていこうと団結する場面もあるけど、今日本のNPOとかが盛りたてようとしている途上国の風景のようで、そういう気持ちを持てる人たちはさいわいだなぁと思います。

このあとこの少女はどうなったんだろう。まじめに勉強して働いて、労働組合に推されて市議会議員にでもなったか。今だったら空気読めない優等生なのかもしれないけど、そういう人も素敵。というか、思ったほど教育的すぎる映画ではなくて、ラストに至るぎりぎりまで、みんな悪い道に迷いそうになったりしてる。ハッピーエンドを後でくっつけたのかなと思うくらい、大方のところは「工場の街の若者の迷いや悩みを描いた映画」だと感じました。以上。

June 19, 2011

稲森謙太郎「女子大生マイの特許ファイル」251

表紙だけ見ると、「もしドラ」の特許バージョン。たぶんドラマ仕立ての「特許とは」入門本だろうなと思って読み始めたら、冒頭に「本書を読む前に」というセクションがあって、特許についての基本的な説明が出てきます。あれ、ちょっととっつきにくいなぁ…と思って読み進めると、マイや先生が出てきますが、会話部分はそれほど多くなく、具体的な特許公報がどんどん紹介されていきます。とりあえずドラマはありません。…で、堅い本かなぁと思って読み進んでいくうちに、紹介されている特許がちょっとヘンなのばっかりだとわかってきます。三洋電機がなぜか出願した「老人ホームの運営法」特許、新潟大学の「地球温暖化防止法」、iPS細胞や漢方薬の特許。等々。まるでシドニィ・シェルダンの小説のようなスピードでするすると読み進むうちに、だんだん面白くなってきました。第一印象とはかなり違うけど、「トンデモ特許をまじめに解説することによって特許システムや発明を保護する方法についてちゃんと学ぼう」という面白まじめ本だと受け取ればいいのかな、と思います。

でも可愛いマイちゃんやレイちゃんが最初の口絵にしか出てこないのが寂しすぎます。挿絵ボリュームアップ希望!それに、表紙+タイトルと中身がちょっと違うので、読者の期待値にズレがでてきてしまいそうな…。特許関係は興味があってけっこう本は読んでる(詳しくないけど)私としては、自分と同じようなマニアックな人にも中身でアピールできるように、タイトルと表紙とAmazonとかの紹介文を変えてほしい…。「女子大生マイと探すやさしいユニーク特許の世界」とか…「女子大生マイの『なぜこれが特許に!?』」とか…あんまりいい案がでないや。でも面白かったです。以上。

June 18, 2011

小津安二郎監督「浮草」250

1959年の小津映画。
旅芸人一座がある街に着く。座長は女のスター芸人と夫婦同然だが、彼が街に残していた昔の女と息子の家に足しげく通うのを見て、女芸人は・・・。

(以下ネタばれ)座長の息子はもう一人の若いほうの女芸人と駆け落ちしてしまうし、あまりの景気の悪さに一座の金を持ち逃げする男まで出てくる。小さな事件が積み重なって一座は一気に解散まで追い込まれてしまいます。座長を演じるのは2代目中村雁治郎。座長としての責任感や見栄、たくましく育った息子を見てこぼれ出る嬉しさ、裏切られた怒りと暴力、何もなくなって駅のベンチにいる憔悴の様子・・・そういう演技が、なんともいえません。
人間って情けなくてダメで前向きであきらめられなくて、そういう生き物なんだなぁ、という思いでいっぱいになります。

ストーリーに起承転結があって総天然色で、「東京物語」とかの静かな感じとはちょっと違う、エンタテインメント性も感じられる映画です。50年も昔の映画だけど、若いきれいな俳優さんたちは輝いてるし、木造の芝居小屋だって当時はまだ生きてました。この映画でも女優さんたちはすばらしくて、スター芸人役の京マチ子は妖艶でいなせで、若尾文子はとにかく可愛い。川口浩も、若くてマジメでたくましい。腕が真っ黒に日焼けしてるところが労働してる感じでいいです。

オバサンの私にとっては、子どもの頃によくテレビや映画で見た俳優さんたちですが、「資料編」のプロフィールを見ているとほとんどもう故人。その中で、朝ドラに今も出ている77才の若尾文子の若さはすごいです!

予告編や当時のチラシなんかも収録されてるのですが、見ると座長と女芸人ではなく、若尾文子と川口浩の恋愛ばっかりフィーチャーしてあって、監督の狙いと違うんじゃないの??と不思議ですが、当時は恋愛ものが人気だったんでしょうかね。

昔の映画って、とにかくその空気がいいですね。地理的には近くても、はるか遠くの国の映画を見るよりも「遠くの世界につれていってくれる」感が味わえます。さあこれ返して次送ってもらう。以上。

June 17, 2011

まつもとあつし「スマートデバイスが生む商機 見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ」249

こういう本ってほとんど、「iPadって何?すごいの?」っていう、デジタル苦手な層向けに書いてるんでしょうね。だからだと思うけど、その世界のことをすべてカバーしようと幅広く書くので、どっちかというとデジタルな私は「またこの話か」と思ってしまう部分もある。この本が、デジタル苦手な読者にとって、初めてかつ唯一の入門書であ
る可能性って、実際どれくらいあるんだろう。

幅広くしようとして失敗するのは、各分野の第一人者にセクションごとに記事を書かせたりインタビューしたりして、立場(所属企業やグループの利害)に根差した発言をさせてしまうのが、原因の一つじゃないかな。この本の場合、夏野剛、ソフトバンクテレコム、セールスフォース、バンダイナムコゲームス、シャープ、中村伊知哉など。必ずしもこの人選に全体として特定の利害は感じませんが、その分みんなばらばらな意見を言っているような印象もあります。

雑誌のような作り方なのかな。書籍になにか一貫してひとつのことを伝えようとする意志を求めてしまうのは、古い人間なのかもしれないけど、どうも読んでいて楽しいけど雑多な感じがありました。
私にとって新しい情報もたくさんあって、アキバのNext Fun(タブレット専門店)には行ってみようと思ったけど、この著者ツイッターの方が面白いです。あんまりほめてなくてごめんね。
以上。

June 16, 2011

川島雄三監督「幕末太陽傳」

「映画」の新ジャンルを追加してみることにしました。
TSUTAYAディスカス、つまり郵送でDVDを借りるのを始めたところ、こういう大昔の作品はほかに借りたい人があまりいないのか、あっという間に送られてきました(見たいDVDのリストを登録しておいて、在庫が確認できたものから送られてくるシステム)。ロングテールの末端に近い商品だと思うので、店頭に出ていない可能性もあり、通販が確実でもあります。これからしばらく(本も読みつつ)映画の感想も書いていこうと思います。ブログのタイトルも考えなきゃな。

この映画の中心はは幕末の品川にあった赤線地帯に現れた一人の男。要領がよく身が軽く、世間を知っていて知恵の働くその男を演じるのがフランキー堺です。映画タイトルのバックは現在の、といっても映画が作られた1957年の品川を、幕末の頃と対比して映しているのですが、2011年に見ると正直、古めかしい自動車が走っている以外は幕末とあまり区別がつかないです。そんな時代の監督が撮りたかったう時代映画って・・・2011年とは違うものだったのではないかと思います。

昔の映画を見るといつも、役者さんたちが早口すぎて聞き取りづらいので困ります。音響が悪いこともあるのでしょうが、夜中だとそう音を上げるわけにもいかず、洋画を字幕なしで見ているような状態になります。なんであんなに映画の中の人たちはみんなせっかちなんだろう?

役者さんで印象に残ったのは、もちろん主人公フランキー堺・・・軽妙洒脱だけどなぜか影のある、見ててどこかせつない男です。「悪い咳をしてるね。あんたも長くないんじゃないか」と言われる場面が何度もあります。軽さもせつなさも板についていて、生きた役柄、生きた役者さん、って印象です。石原裕次郎が高杉晋作役で出てるんだけど印象が弱くて、「二枚目だけどチョイ役」に感じられます。

あと、南田洋子演じる遊女のかわいさには参りました。美しく可愛く賢くしたたかで、騙されているとわかっても追っかけてしまいそう。TVのアイドルがいたわけではない時代なので、遊郭の人気者はアイドルでもあったのかもしれない。遊女たちの明るさはまさにスターで、客のほうにも直接会えるアイドルに会いにアキバに行くようなワクワク感もあったんだろうなぁと思います。いやこういう商売をことさら肯定するわけじゃないけど。

カメラワークとか場面展開とかにも注目して見てみたいんだけど、なかなかまだそこまで見きれないな・・・。今はひとつの作品だけを繰り返し見るより、いろんな作品をたくさん見てみたいので、徐々にそういう部分にもコメントできるようになりたいと思います。
以上。

June 13, 2011

日本女性放送者懇談会・編「放送ウーマンのいま~厳しくて面白いこの世界~」247

放送の仕事に何らかの形で関わり、仕事をこなしてきた女性たちを幅広く取り上げて、それぞれ自分の言葉で語ってもらった本、です。編者の「日本女性放送者懇談会」というのは、さまざまな放送関連業務に従事している女性たちが、ジャンルや局を横断して研さんしあう会で、2009年にその発足40周年を記念して作られたのがこの本なのだそうです。

「放送」ってたとえば?…AMラジオに始まってアナログテレビ、FM放送、ケーブルTVや衛星放送、コミュニティFM、インターネットラジオまで取り上げています。「仕事」って?…ディレクター、プロデューサー、アナウンサー、タレント、編成、カメラ、編集、音響、二次展開、人事、営業、経営、気象予報士、タイムキーパー、フードコーディ
ネイター等、かなり広範囲にカバーしています。NHKも民放も、キー局もローカル局も、プロダクションの人もフリーの人も。

という幅広さなので、放送業界をざっくり知りたい人や、就職を考えている女子大生なんかには非常に役立つ本だと思いますが、それぞれの語りが熱くて、ドキュメンタリーのように訴えかけてくる言葉のコレクションでもあります。さすが放送の人たち、雑多なものをまとめて感動させるのがうまい。

「男の世界」として始まった放送業界の中で、女性たちがどうやって生き抜いてきたかという点も、印象深いところが多々あります。マイノリティである女性だけのこういう会の存在意義は、まだしばらくはありそうです。

印象に残った部分。琉球朝日放送で沖縄戦や基地問題をとりあげた番組を制作した三上智恵氏が、ジャーナリストやアナウンサーを志す人に対して言っている言葉「生きざまとして楽をしない」。「その年代年代でぶち当たる課題にぶつかってみる。…(中略)…自分の前の矛盾や課題に向き合い、逃げないこと、解決はできなくても、毎回自分で請け負う勇気が必要で、そこから、矛盾に向き合っている他の人たちのことで本気で怒ったり悩んだりできる人間になれると思うのです。」親戚付き合いが面倒だから結婚しない、とかではなく、ぶつかって悩むことで心のひだができる。といいます。

逃げ場を与えないコトバで、読んでてちょっと苦しくなりますが、見る人に緊張感を与える業界なんですよね。そういう生き方を選んだ人たちの世界なんだな。と。「第一線で働く」ってのはそういうことなんだと思います。

私はどっちかというと「生きざまとして(なるべく)無理をしない」方なので、こういう人の爪の垢を煎じて飲んだ方がいいのかな…。でも燃え尽きるまで走り続ける人だけだと、後始末ができないので、私は後方支援をする人間でいようと思います。と思ったりしたエネルギッシュな本でした。
以上。