« September 2010 | Main | November 2010 »

October 2010

October 13, 2010

マイク・ミュレイン「ライディング・ロケット」上・下229

久々の大ヒット。
上下で合計650ページもあるのに、面白くてどんどん読んでしまいました。翻訳もきわめて自然で、自分の友達のことのように親しみをもって読めます。

何の本かというと、スペースシャトルに3回乗って引退した宇宙飛行士が、その引退までの自分の人生を語るノンフィクションです。宇宙マニアには、本当のNASA、本物のスペースシャトルの描写がたまらないと思いますが、著者が臨場感たっぷりに、今そこで対象物を見て話すように書いているので、NASAのことなんて何も知らない観光気分の私も、目を丸くして一緒に驚いたり笑ったりしてしまいます。

著者は空軍所属の「軍人宇宙飛行士」。そういうカテゴリーがあるんですね。彼らは「惑星AD(発達不全)から来た人たち」、つまり女性=性の対象としてしか見ることができず、ポスドクの民間宇宙飛行士など全員腰抜けだと思っている、男の世界の住人。というところがスタート地点。職場でも下ネタギャグばっかり飛ばして「豚フライト」とまとめて揶揄されたりしています。

子どもの頃からロケットが大好きで、ロケットの種類や特徴を全部そらで言えるようになった。立ち入り禁止の札があれば、どかして冒険に出かけた。いつか宇宙飛行士になることを夢見て空軍ではパイロットを目指したけれど、視力が悪くてなれなかった。視力が悪くてもなれるミッション・スペシャリスト(操縦以外の専門的な作業を行う人)の募集を見てすぐに応募し、なんとか受かった。・・・というのが著者の語る彼自身の経歴。

敬虔なカトリックの家に生まれた敬虔な信者だそうで、彼女と何度も婚前にあやまちを犯してはその都度教会に懺悔に通って司祭を困らせた、なんてエピソードも。過ちを認めて懺悔するという文化が、これほど正直で率直な人柄を育てるのかなーと思いました。とにかく下ネタも上司の批判も、すべてが率直。うらみつらみなく、あっけらかんと書かれているので、好感をもってしまいます。語弊をおそれずに言うと、アメリカ人のユーモアってこんなに面白かったんだ。アメリカ人にもこんなに率直でいいやつがいるんだ。という感じです。

語弊といえば、この本の特に冒頭あたりでは、著者の父親(第二次大戦で戦った軍人)の言う「くそ日本人野郎」が連発します。でも私たちの親や祖父母もxx人とかxx人のことを揶揄してきたよね。私たちも、嫌いなわけでも恨みがあるわけでもなく、身近な人や遠くの人をネタにして笑う。アメリカ郊外の町で普通に生まれて普通に暮らしているアメリカ人は、自分の書いた本がまさかFar Eastで翻訳して読まれるなどと考えなかったでしょう。クソと言われても、そんな率直な人間らしさに、逆に親しみをおぼえます。

ところでスペースシャトルとは、超重量級の精密機械が、地球上にない過酷な大気圏という環境を2度も潜り抜けなければならないミッションで、常に死と隣り合わせです。

宇宙飛行士たちのユーモアは、極度の緊張を少しでもやわらげるためのもの。本に入り込むと、一瞬自分がそこにいるように緊張したりします。

「惑星AD」の飛行士は、女性やポスドクが立派な宇宙飛行士になれることを、一緒のミッションを通じて初めて学んだと書いています。日本人も立派な宇宙飛行士になれることを彼が学んだかどうかは不明ですが、遠くの国の偽善者でない1人の男性の物語として、楽しんで読んでほしい本です。

October 03, 2010

「齋藤孝のざっくり!日本史」228

日本史が苦手だった人や、日本史は暗記科目だと思っている人に向けて、歴史のなかで現代人が特に見直したい重要ポイントを数点選んで、じっくり解説する本です。

そのポイントとは。
・「廃藩置県」と明治維新
・「万葉仮名」と日本語
・「大化の改新」と藤原氏
・「仏教伝来」と日本人の精神
・「三世一身の法」とバブル崩壊
・「鎖国」とクールジャパン
・「殖産興業」と日本的資本主義
・「占領」と戦後日本

面白かったです。予想よりは「文化論」っぽい印象でした。日本の興味深い史実から、日本人像を浮かび上がらせる本なので、これを読んでも日本の過去から現在に至る時間の流れ=日本史全体が見えてくるわけではないです。でも、歴史なんて大嫌い!と思ってる小中学生に学校の先生や親が話して聞かせると、興味を持ってもらえそうです。

文庫本で出ているので、通勤途中に読むのにも良いと思います。

以下興味深い指摘。
p83
「日本語の上達には英文和訳が効く」
ただし美麗表現とか情景描写力とかのことを言ってるのではありません。これによって身に着くのは、論理的な日本語、複雑な日本語を書く能力。
英文を日本語に置き換えるときに必要となる構造化が、その元になると書いてます。
その良い例が昔だと森鴎外、今だと村上春樹。

p195
クールジャパンを追求するなら、内にこもってとことんオタクの道を究めるべし。
外国に高く評価されている日本の独自文化は、鎖国をしている江戸時代に生まれたものである。現在評価されているのも、オタク文化から生まれたマンガ、アニメ、フィギュアと言ったものが多い。したがって世界に通用する日本文化を究めたければ、世界のことなど忘れて徹底的に内向して自分だけのための創作を続けるべし。

以上。

October 01, 2010

アンジェラ・カーター「ブラック・ヴィーナス」227

1991年のロンドンの書店の店頭は、この人の最新作「Wise Children」の素敵なポスターで埋まってました。”ジャケ買い”してから表現が豊かすぎて読み進むのに苦労したけど、geriatric charlestonなんて風に医学用語が面白い使われ方をしてたりして、最後まで夢中で読んだのをおぼえてます。

その翌年に亡くなってたんだなぁ。どうりで新作の話をまったく聞かないはずだ。その後も何冊か原書を買って帰ったけど、最後まで読んだのは1冊もなし!なぜWise Childrenだけ読めたのか思い出せません。

Black Venusも原書は10年以上前から持ってるけど、訳書があると知ったので楽な道を選んでしまいました。

表題は、詩人ボードレールの愛人だったとされる黒人娼婦を1人称の主人公とした短編。(1人称だけど、ときどき3人称のナレーターが出てきて解説をします。)なんか瀬戸内寂聴さんが日経に連載してる「奇縁まんだら」みたい。アンジェラさんも寂聴さんもとてもセクシュアルなものを書くのです。ボードレールとか伝説の猟奇殺人の犯人とか、有名人を取り上げて彼らの生と性をリアルに想像して描く。私二人とも大好きなので言っちゃうんだけど、妄想力がすごいのです。すごく、おんなって感じ。気まぐれで生き生きとしていて、残酷でキラキラ輝いてる。アンジェラさんの本を読むと、世界がおもちゃ箱で自分は怖いもの知らずの子どもになったようで、マタタビを嗅いだ猫のような元気が出ます。

他の人にこの本を勧めますか?(外資系企業のWebアンケートみたいだが)と聞かれたら、「うーん、小説好きな女性になら」って答えるかな。好みが分かれると思うので。まず自分が読破したいもんです。92年以降新作はもう出てないわけなので、そう難しいことではないはず・・・。買ったままになってる本を引っ張り出してくるかな・・・。