« June 2010 | Main | August 2010 »

July 2010

July 03, 2010

湊かなえ「告白」218

ああ、読後感最悪。
なんだか悪意だけが人を支配してしまうパラレルワールドみたいでした。文庫版は巻末に映画化した際の監督のインタビューが載ってて「それだからこそ人は愛しい」のようなことを言ってるんだけど、そういう読後感がふつうに得られる作品だとは思えなかったなぁ。

人が人を恨むことでしか、明日も生きようという意欲が出てこないもんなんだろうか・・・。
なんていうか、ミステリーの面白みってのはプロットとか持っていき方とか、そういう頭を使った努力が形になったものだと思うし、それとは別の、人間の心の深淵を抉り出すような描写のある名作にしても、なにかもっと深みがあるような気がします。

人の悪意を羅列したもの、とも思えるんだ。深いのは描かれた悪意であって、著者の人間洞察ではない、気がします。現実でなく本の中というパラレルワールドで繰り広げられる言葉の暴力を、リアルだと感じて読むと、中毒のようになるのかもしれません。専門家ではなく一般の読者が選ぶものって、面白いけど、「巧い!」(私はわりとそっちが好き)とは感じないものも多い、とも思いました。

デビュー作って極端なエネルギーが感じられる作品も多いので、その後のこの人のものがどうなっていったか興味あります。以上。

押井守「凡人として生きるということ」217

1週間くらい前に読み終わってたんだけど、こっちも感想を書いておこう。

いま、映像ってものを理解したくて、有名なアニメ・映画監督の押井守の映像作品を集中的に見たり本を読んだりしています。これは、彼が持論をぶった一冊。今回手配したビデオや絵コンテ集の中で、一番作品から遠い本です。

文章を書くことが専門でない人の著書で、サンプルが1つとかごく少数しかないのに、そこから社会全体を一般化しようとして失敗しているのを見かけることがときどきあるんだけど、前半はこれもそれかなぁと思いました。自分は自分の生きてきた経験のなかで、自分の哲学を選択した。ということは、そう言えばいいだけなのに、同意を求めたり正当性を主張したりして、ちょっとカッコ悪くなってしまう。

でも、タイトルや後半で強調されてる、「すごい人にならなくてもいいんだ」というメッセージは、彼の作品を愛する迷える若者の気持ちをなぐさめてくれるんじゃないかと思います。オタクでいいんだ。変わり者でいいんだ。ただ、騙されるな。恐れずに愛するものを持て。・・・読めば読むほど、この人自身かなり変わってるなーと思うけど、そんな大人になってもいいんだ、という言葉には、だからこそ説得力があります。

引き続き作品鑑賞もやりますが、映画の感想はたぶんここには書きません。

神谷美恵子「生きがいについて」216

この本のことを知ってからもう四半世紀。母校の精神的な芯となって、先生方によって実践され、推薦され、受け継がれてきた神谷先生の著書のひとつです。

その間「生きがいについて」わたしもずいぶん思い悩んだり考察したりしてきたのに、なぜ一度もこの本を読もうとしなかったのか?たぶん若いころは、なにか教科書のような立派なことが書いてあるんじゃないかと思ってました。最近は、読んだら泣くような宗教的な本だろうと思ってました。いま読もうと思い立ったのは多分、転職して気分が変わったからでしょう。

もろもろの先入観はだいたい外れました。深い考察と冷静で客観的な分析がおこなわれている良書です。良書ってのは、まじめな人が本当に力の限り一生懸命書いた本のことだと思います。熱い気持ちを抑えて、宗教色を出しすぎないよう、誰もが読んで役立てられるよう、努力して書かれていることが伝わってきます。だから、単に精神医学書のつもりで読んだ人が鼻白らむこともないだろうし、人生に悩む少年が読んでも感情の波にのまれることもないでしょう。

わたしは2004年の「神谷美恵子コレクション」版で読んだので、執筆当時の著者の日記も巻末についています。これを読むと、いかに熱く興奮しながら執筆していたかがわかって、さらに興味深いです。最初の原稿は本人が言うには冗長で膨大すぎるものだったというので、「父上」や夫からのアドバイスによる修正もかなりあったのかもしれません。

生きがいを見失った人が救いを求めて本を読むんだったら、これじゃなくて聖書とか開いたほうがいいと思う。悩みながら、あるいは「自分はけっこう幸せだなぁ」と思いながら、「で、生きがいっていったい何なんだろう?」と思い始めたときに読むと参考になる本、という印象です。感情的にでなく理性的に迷いが生じてるときに、自分の行く道を決めなおす助けになるかもしれません。

「コレクション」5冊全部読もうと決意。とりあえず駅前の本屋に行ってきます。