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April 2010

April 10, 2010

佐藤正午「身の上話」209

へー。面白かった。やな話だけどね。(←読直後感)
ミステリーとしての評価がかなり高いらしい。
著者の定番になったかんじの「ある日突然、さして理由もなくふっと失踪する」ストーリーの最新版なのですが、出かけちゃう理由の自然さがアップしてます。

地方の書店に勤務している若い女性が、営業で毎月やってくる東京の出版社の男(妻子持ち)とつきあいはじめてしまい、歯医者に行くと嘘をついてこの男を見送りに出たのに、ふっと一緒に飛行機に乗って行ってしまう。出がけに同僚に頼まれて買った宝くじが当たってしまったのでさらに事態は複雑に・・・・。

荒唐無稽といえば荒唐無稽、犯罪につぐ犯罪が、加害者側の必然性がそれほど描かれないまま連続して起こるのですが、そんなことはどうでもいい。小説ってのは文字をすなおに追って読んで、面白いと思えるかどうかが最大のポイントで、その意味でこの小説は最近のこの著者の作品の中でもすなおに楽しめたと思います。

最大の特徴は、語り手(=著者?とどうしても思ってしまう)の性格や考え方がほとんど出てこないで、静かに距離を置いた「語り部」に徹することに成功しているところ、ではないかと思います。

ものたりないところがあるとすれば、語り口が淡々と一貫しているので、読み終わって「ああ、すごいおなか一杯!」ってほどカロリーが高くないところ。これは欠点ではないですけどね。

なんか、いよいよ作家としての佳境に差し掛かってきたなぁという気がします。もっともっとどんどん書いて!以上。

福井健策「著作権の世紀」208

新書で200ページ強。カバンに入れておいて、移動時間や待ち時間にとぎれとぎれに読んでもOK。専門用語をほとんど使わず、きわめて平易な文章で、法律論をさけて今世界で起こっているさまざまな事象を紹介し、それらの置かれた状況を解説した本です。

著者はネットでも紙の上でも積極的に執筆を続ける著名な弁護士ですが、知らずに読むと弁護士じゃない人の本みたい。これってすごくほめてるつもり。法律家の書いた本の中には、文章が硬すぎて、苦手な人は逃げ出しそうになるものもあると思うけど、この本は本当に気軽に読めます。

著者がさまざまな新しい音楽やアニメやネット文化にも関心を持ち、それゆえにそれぞれの魅力や弱点を理解してるのも重要なポイントです。

今後の著作権法のあるべき姿について安易に結論を出さず、自論を展開してそっちに導こうという偏りもなく、むしろさまざまな主張を紹介して、「判断するのは読者自身」という姿勢を徹底しています。なにか単純な答が欲しくてこの本を買った人は不満かもしれないけど、法律って「大勢でみんなのために決めたルール」でしかないので、これが現実だということを思い知って、当事者意識をもってみんなが苦労して考えることが大切ではないか・・・と、著者はしずかに訴えているようです。

・・・しかしほんとに法律ってぐちゃぐちゃだなぁ。いくら努力しても、どうにもならないんじゃないの?と、考えるのを辞めたくなる瞬間もありますが。

この著者の講演会とかナマであったらぜひ聞いてみたいと思いました。以上。

April 03, 2010

クリス・アンダーソン「フリー<無料>からお金を生み出す新戦略」207

必読かな、と思って読みました。

「1つ買うともう1つ無料」から始まるフリーの歴史やムーアの法則の詳細など、この本を買うような人はすでに読んでそうなことをかなり長く書いてあります。飛ばし飛ばし読んだけど、ページ数とか翻訳の手間がちょっともったいない気がします。

ネットに詳しい人や、経済雑誌のこの本の特集を読んだ人なら、みっちり全部読まなくていいかも・・・。フリーにもいろいろな形態があって、特にこの著者が注目しているのは5%や10%の人だけがお金を払い、残りの人は完全フリーというモデル。アトム(有体物)の世界では、複製物をたくさん作れば作るほどお金がかかるけど、ビット(デジタルデータ)は複製しても無料でしかも劣化しないから、このモデルが成り立つ。みんなこのモデルへ行けー!って感じです。

でもどうしても気になることが2つあります。
1.ネットの世界も無料じゃない。
ユーザーがプロバイダーに接続料をちゃんと払ってるよ、っていう話(著者がこの本の中でバカにしてる)じゃなくて、コンテンツ提供者側のコストも大変なもんだよ、という話。猫も杓子もアイデアだけで無料会員+有料会員のネットサービスに参入するけど、いくら安くなったって言っても、サーバーは無料じゃないし帯域幅は有限。本当にペイするほどの人気サイトはみんな、回線そのものやそのメンテにかなりの支払いを行っているはず。

2.そこそこ気の利いたネットサービスを始めても、無料95%+有料5%でやっていけるほどの人気サービスプロバイダーになれるのはGoogleとかSkypeのレベルの勝者だけなんじゃないか?
たとえ無料でも、いきなりユーザーを100万人も集めることは普通できない。10万人も1万人も難しい。1冊の本を無償ダウンロードで提供して当たっても、講演会で食べていけるのはよくて数年でしょう。
ふつうの人は、大儲けできなくても、コツコツと何か作って相応の利益を得つづけるほうを選ぶんだよね。

そういうフリービジネスもあるね、というのを記憶に刻みつけるのにはいいかもしれないけど、「で、自分はどうする?」ってことまで考えられないと、振り回されて終わっちゃうよ。と思った。