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October 2009

October 30, 2009

ダナ・フレンチ「悪意の森」上・下182

アイルランドの作家の2007年のデビュー作。US、UK、IREで数々の賞を受賞したと帯に書いてあるので、ためしに買ってみました。

「森」は精神の深淵の象徴でもあり、最初から心理描写が中心なので、読んでいて息苦しくなってしまうんだけど、デビュー作とは思えない人間洞察と描写力で、たしかに力作でした。

テーマ:"12歳の2人の少年と1人の少女が森で行方不明になり、1人だけが発見されたが記憶をすべて失っていた"・・・これをどうミステリーに仕上げるか?

この著者は、生き残った1人の少年のその後の人生を描くことにしました。彼は転居し、名前を変えて寄宿舎制の学校に入り、"他にすることがなかったので"刑事になります。失われていた記憶がよみがえることはずっとなかったのに、その森でよく似た事件が新たに起こり、少しずつそれが彼の精神に影響していく・・・。

ミステリーとしての謎解きや犯人探しもありますが、著者の興味は人間。幼なじみ3人で探検しつくした森の中で、人生の最高の瞬間を謳歌していたときに時が止まってしまった、ということが、人にどう影響するのか?・・・しかし彼の精神が乱れるのは、過去の記憶の影響だけではなくて、誰でも落ちる可能性のある罠も出てくるし、決して「特別な経験をした人に特別な問題が起こる」という結論をゴールに描かれている感じではありません。ふつうの日本の男性の2人に1人くらいは落ちるだろうな・・・くらいの感じ。

残虐な殺戮が続くとか、サイコパスの内面を深堀りするとか、オカルトや超常現象が出てくる、系のミステリではないことが途中でわかってくると、楽に息ができるようになってくるし、主人公の相棒のキャシーが明るくて暖かい魅力的なキャラクターです。・・・犯人とか結末とか書けないので奥歯にものがはさまったようですが、読後感もふしぎと悪くないです。

ずっとサイコっぽいミステリーを書くんだったらもう読まないかもだけど、テーマによってはまた読んでみたい作家です。以上。

October 16, 2009

山口雅也「生ける屍の死」181

この本ずっと読みたかったの。読者ランキングとかで1位2位という名作らしい。

主人公は「革ジャンと革パン、安全ピンだらけのTシャツを着たパンク探偵(苦笑)」ってシド&ナンシーかよ。細田和也「作家の値打ち」で激賞された作品ですが、このベタベタな設定が彼の言う「通俗的」でなく新しいのだとしたら、ワイド劇場とかでやってるベタベタな芸者探偵とか女子高生探偵とかも新しいのか。ここは若干読者をバカにしてる感じがありますが、私以外はパンクに思い入れがないからいいのか・・・。

まず感想としては、とても面白かったです。ミステリー好きなら一度読むといい。ミステリー好きなら。ミステリー好きとは、トリックが大好きで密室が大好きで犯人当てが大好きで、たいがいのトリックはもう読み飽きていて、最後の章で矛盾だらけになるのが許せない人ってこと。

この本、評価がすごく分かれてるようで、そういう「数寄者」は高得点をつけるけど、通りすがりの読者は緻密に構築された世界観を土台として読めなくて面倒くさくなるようです。作者が物知りでウンチクが多いのも気になるかも。

エンバーミング(アメリカ式死化粧)がポイントになるので舞台はアメリカだけど、作家は多分英国フェチで、まったくもってクリスティでも読んでる感じの翻訳っぽさ。

内容は、新しい謎解きを提供するための新しい枠組み(つまり、死者がわりとよくよみがえったりしちゃう世界。現実と違うのはそこだけ)を想定することに少なくとも700ページ近いこの本の半分を割いてる。謎解きはショートショートでもできるので、この300ページ超がまどろっこしいという読者の気持ちはわかる。たとえば、死者がよみがえってても生者が気付かない、という前提を固めるために舞台がアメリカの葬儀社でエンバーミングの技能者がわらわら出てくる。日本的死生観を語らせるために主人公がハーフであるという家系図が長々と説明される。etc。

この人の作品ちゃんと読んだことないんだけど、「探偵Xからの挑戦状」の彼の回でもこの本でも、トリックはことさら新奇ではない。これだけのボリュームと設定があれば、クリスティなら最後に感動までさせてくれたわ、とか言うとこの作家はきっと歯ぎしりするんだろうなぁ。そういうのを狙った大作って感じがする。早稲田ミステリ研究会出身で、ミステリ評論家から作家に転身したという人なので、自分を見る目が厳しくて知識も豊富、たぶん「自分の敵は自分」という人だと思う。だから論理の破たんがなく、伏線使いも見事。私もすごいもの読んだなぁ、と感心してるんだけど、こう挑戦的だとこっちもなにか皮肉のひとつも言いたくなるわけです。

ストレスをミステリーで紛らす生活はまだ続きます。

October 12, 2009

宇野重規「トクヴィル 平等と不平等の理論家」180

いやーこれは良い本だ。常に「原典に当たれ」という教授があえて推す評論だけあります。著者の調査力、分析・洞察力もさることながら、平たい言葉で説明する能力がすばらしい。現代アメリカの背景についてちょっとでも考えることのある人は、一度読んでみるといいかも。「トクヴィル論」でもあり「トクヴィル伝」でもあり、平易に書かれているのでジュヴナイル向けの「野口英世」とか「エジソン」みたいに半日で読めます。

さて内容について。
アレクシ・ド・トクヴィルはフランス人弁護士(のちに政治学者、政治家)で、独立宣言後半世紀を経たアメリカに視察旅行に行った後に「アメリカのデモクラシー」という本を著しました。

その中で「デモクラシー」ってのはアリストクラシー(貴族政治と訳されることが多い)に対比する語であり、"政治だけでなく社会状態はそこに暮らす人々の思考や感性のあり方まで含む、一つの社会類型(p12)"を表す語として用いられています。

身分制度に反発して革命を起こして間もないフランスの貴族階級の人がアメリカを見に行って書いた本、ってところがポイントです。「外から見たアメリカ」であり、「フランス貴族向けデモクラシー入門」なのであります。結局のところ言いたかったことは「ゆくゆくは平等社会が来るのは避けられないから、みんな覚悟しておこうね」って感じ。

おおざっぱにいうと、デモクラシー前の社会は「不平等(身分制度)が当然であり、違う身分の人をうらやむこともない、不安のない時代」、デモクラシー後の世界は「平等が当然なので、少しの不平等が非常に不満に思える、それに自由すぎて標準化した自分の価値判断の物差しを持ちにくい不安な時代」だといいます。

そもそもアメリカのデモクラシーは純粋なデモクラシーとは異なる。アメリカは東部に入植したPilgrim fathersが身分階級をあえて持ち込まずに小さな共同体を始め、それを徐々に集まって州、連邦へと広げていった国で、すでに身分階級でがんじがらめになっているヨーロッパ諸国がそのままなぞることはできない。・・・というのも彼の重要な視点です。

トクヴィルのデモクラシー論は本国ではあまり評価されなかったけれど、アメリカでは大きな政策変更や危機のたびに再評価されてきて、大統領演説とかでもよく引用されてきたし、今また(2006年の時点)読まれているらしい。・・・なーんだ、アメリカ人だってアメリカ論が好きなんじゃないか。"「菊と刀」にはじまり、日本人は日本人論が大好きで、いかに日本が特殊かを嬉々として語る"みたいなことを言う批評家がよくいるけど、アメリカ人も同じじゃん。

そして著者は最後に、Googleのページランクだってデモクラシーであるので、アリストクラット(秀でた一部の人たち)でなく大衆が選んだ意見に大多数が従属するわけで、デモクラシーの利点と弱点が当然伴うという話にも触れています。歴史は繰り返すなり。世界中のマーケットを世界各国が狙うようになっている今、大きいものを狙うかぎり、デモクラシーに逆らっているとやがて滅びるのかな、という気もしてきます。

たまたま学校で、企業におけるアメリカ的方法論と日本との対立という話をしてたので、この本に共感するところが大だったのですが、違和感を感じた点が2つあります。

1.「不平等が当たり前だった世の中」ってのが想像できない。日本に厳しい身分制度があったことは知ってるけど、越えられないそのボーダーラインに、下の身分の人たちが満足してたという図が浮かばなくて、常に下剋上のチャンスをうかがってたようなイメージがある。私が間違ってるのかな?

2.アメリカ的デモクラシーを輸入しようとしても、日本は政治以外の「そこに暮らす人々の思考や感性のあり方」はうまく導入できなかったのでは?
最近オバマ大統領が核の廃絶と言い始めてから三宅一生が実は私も被爆者だったとカミングアウトしたりするのを見て、日本人は敗戦国っていうだけじゃなくて、原爆を落とされたという「怒り」より強い「恐怖」にずっと縛られてきたのかな、と思ったりします。これから少しは心を開いて「アメリカ」でなく「デモクラシー」を取り入れられるのか???まだ全然わかりません。

しかし私本読みすぎブログ書きすぎ。

October 11, 2009

探偵Xからの招待状! 179

あーあ読んじゃった。
現在NHKで放映中の「探偵Xからの招待状 Season2」が現在ちょうど推理結果受付中。Season1は見逃してたのですが、今日書店に長居したときに文庫本化されたものを見つけて買って、さっそく読みました。

8人の作家の短編小説を携帯小説として発信し、その後TVでドラマ化したものを放映。視聴者は推理結果を応募して、その1週間後の解決編で答を知る・・という仕組み。

Season1の作家は辻真先、白峰良介、黒崎緑、霞流一、芦辺拓、井上夢人、折原一、山口雅也。バラエティに富んだストーリーで楽しかった。特に面白かったのは、弁護士事務所で起こる事件で人物設定に凝った芦辺拓の「森江春策の災難」、携帯メールによるやりとりで少しずつ謎を解く井上夢人の「セブ島の青い海」、ありがちなトリックだけどちょっと解きがいのあった山口雅也の「靴の中の死体」。

最近頭が固くなったなと思うことも多いし、謎解きが面倒ですぐ答を見ちゃったりするんだけど、ここで踏ん張るかどうかで「40過ぎて伸びる人、伸びない人(そんな本があったような)」の違いが出るんじゃないかと、がんばってみました。

本読むのもいいけど、他にもすることいっぱいあるから、まず部屋をすこし片づけよう。

北方謙三「煤煙」178

ななめ読みしただけです。すみません。
「ハードボイルドって何が面白いんだろう」あるいは「何がかっこいいんだろう」と疑問に思う。ハードボイルドの中の男たちは"ニヒル"だがなぜか女に困らず、別れた妻や娘は彼を追いかけてくる。そのほかになんとなく愛人やらもいる。しかし彼らから女たちを取ったら、さびしい独居中年で、もうすぐ独居老人だ。かっこいいと思わずに、まもなく本当の孤独が訪れる世をすねた男たちの内面に深く切り込む小説群なのだと思えば、すこし面白みが感じられるような気もする。

果てしない自己愛なのか、対人恐怖なのか、いずれにしてもすこし病んだ人の内面をえぐるのは割合よみごたえがあります。

でもやっぱり、それをハードボイルドと呼ぶ男たちからは"自分大好き"オーラが出てる。あとは好き嫌いの問題なのかな。

こんな感想ですみません。以上。なんか謝ってばっかり。

October 06, 2009

逢坂剛「牙をむく都会(上)(下)」177

逢坂剛の時代物も家にあって、読みかけたんだけど途中でギブアップ。
よほど丁寧にやさしく書かないと、今と言葉が違うから読み進むのがツライんだなぁ。今まで読んで感想を書いてきた時代物の著者の人たちをますます尊敬します。

で、上下2巻だけどこっちを読んでみました。この人の本もだいぶ読んだから文体に慣れたのかもしれないけど、やっぱりこの人は現代の都会の人たちを描かせた方がキラキラ輝きます。さらさらりと快適にどんどん読み進んで、このクソ忙しいときだというのに2日で読んでしまいました。でも、この結末はなんだ。ボリュームからして「カディスの赤い星」のようなスペクタクルを期待してたのに。だいたい、内容の20パーセントくらいは西部劇のウンチクじゃないか。スペイン歴史討論会と映画祭、主人公が二つのイベントの準備に追われながらシベリア抑留にからむ事件を追う・・・というストーリーなのに、(おっと以下ネタバレ・・・でもないか)イベント当日を迎えないまま終わってしまうなんて!

この続きを続編として書いてたとしてもルール違反だと思うけど、それもなく次の作品では「OK牧場の決闘」について書いてるらしい。いくら大御所といっても、やりたい放題にも限度があります。

この人の本あと何冊あるのかな・・・。なにかもっとエキサイティングな奴が残ってるといいが。
以上。