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September 2007

September 30, 2007

宮原諄二「『白い光』のイノベーション」89

人類はまず炎によって暖房や食料に火を通すことを知るとともに照明を得たが、昼間の太陽光の下で見た色と炎の黄色い光の下で見た色は同じではない。人類は光についての発見を重ね、白い光を求めてきた。その白い光を得るために人類が積み重ねてきたイノベーションの歴史に的を絞って書かれたのがこの本です。おもしろかった。

人類が得た「白い光」の歴史はまずガス灯、それから白熱灯、蛍光灯、発光ダイオード、と続きます。いずれも歴史的な背景や発明者の経歴だけでなく、科学的な仕組みをやさしく解説してあるので、誰でも納得して読み進むことができます。日亜化学の中村修二氏が発明した青色発光ダイオードがすごいといっても、青と黄を合わせると白になるという補色関係に注目したのは社長だし、黄のほうを蛍光体で実現できたのはもともと会社がそっちが主だったから。膨大な売り上げを伸ばし続ける白色LEDと比べて青色LED自体の売り上げは大きくない。なんてことも知りました。ちびまる子ちゃんは「エジソンはえらい人」と歌ってたけど、エジソンはビジネスマンとして成功したのであって、その前後に優れた発明家はゴマンといた・・・という話は、ほかの本でもよく書いてあるけど。

まったく科学的な本を読まない人には若干敷居が高いかもしれないけど、理系の学校に行った人や科学好きな人にはじっくりと楽しめる本だと思います。

September 24, 2007

林真理子「ミルキー」88

はい、次は女性作家です。帯には『美しく、いやらしく- 恋とxxxxのためなら女はどこまでもずるくなる』とあります。ほんとにパパったら濫読、、(注:実父)

予想通りの内容。ファッション雑誌に連載されたものかと思ったら、単行本で2004年に発売されたものだそうです。

289ページに12編の短編の主人公はいずれも中年女性。いずれも生活に倦んで不倫に走ったり、女友達を妬んだり、エステや化粧品にお金をかけて優越感を持ったりしている、すごく「女」なひとたちです。「女」の部分の衰えをすごく感じていて、輝きを求めて痛々しいひとたち。

なんかこういうの、縁がないなぁ・・・というのが表面的な感想だけど、そういう露悪的な文章を書く中年女性作家の林真理子ってのはどういう人なんだろうな。私も女なんでいやらしい女の部分もあると思うけど、バブルのときに贅沢した記憶もないし、自分が女なのはたまたまX染色体しか持って生まれなかっただけで、Yも受け継いでたらきっとキャバクラとか喜んで行ってみただろう、くらいしか意識してなかった。

動物のオスはだいたいどれも派手な羽をもったり、大きくて強かったり、メスに対するアピールを強く持っていて、強い方がメスを手に入れる。メスが強いオスを好むのは、強い子孫を残すためだという。人間のメスも同じように、いい大学を出て大きな企業に勤めて、たくさんお金を稼いで・・・という人間社会で生き残れるファクターをたくさん持ったオスを好む。それでいいじゃないか、人間がほかの動物より高尚だという理由も、そうあるべきだという理由もない。林真理子、すがすがしいじゃないか。寂聴さんだって愛欲は抑えるもんじゃないと言っている。

でも登場する中年女性たちは、誰も「今が何より幸せ!」と夢中になってるだけじゃない。空しさや不満や先行きの不安もいっぱい抱えてる。そのへんの描写力が林真理子の強いところなんだろうな。私自身はなんでも大きい枠や長い時間でものを考えがちなところがあるので、暗い未来が見えるようなことってなかなかできないんだよな。

美しく自分を磨いて着飾った女は美しい。といつも思います。装う心ってのはいとおしい。
未来も過去も思い悩まず、今日のために生きよとブッダも言ってます。私ってスノッブなのかな~。

September 23, 2007

山本一力「いっぽん桜」87

とうとう時代物に手を付けてしまいました。
この人の作品がイイということは知ってましたが。
なんていうか・・・クリステンセンは読んでも本田宗一郎の本は読んだことがない、というようなもので、心温まる翻訳ものの小説は読んだことがあるが時代物は読んだことがありませんでした。

短編集です。いずれも、舞台を現代に置き換えることが容易にできるテーマをもっていて、感情的にも理性的にもすーっとスムーズに入ってきます。リストラされたガチガチの元エリートサラリーマンが、家族や再就職先の人々のぬくもりによって、人間らしさを思い出していく・・・とか。むしろ、現代のたとえば東京が舞台だと、瑣末な事実にこだわってしまって「そんなんあるわけないだろ!」みたいな突っ込みに終始してしまうおそれもある。舞台が江戸時代だから、寓話色が強くて、その分エッセンスがよく伝わり、受け取る側にもこだわりがない。

いずれもしっとりと暖かい読後感のある出来のよい短編でした。
・・・さて、次はもうちょっと毒のあるのが読みたくなってきたな。

September 18, 2007

岡嶋二人「99%の誘拐」86

設定が古いなぁと思ったら、1988年の作品でした。
決して古臭くはないけど、インターネットというものが出てこない代わりにパソ通が出てきたり、パソコンと「カプラ」持って公衆電話で接続したりするのが、マニアっぽくていい感じです。

岡嶋二人というのは、藤子不二夫であって、二人で一緒にミステリをたくさん書いたコンビです。今は片方が独立して井上夢人と名乗ってミステリを書き続けています。パワー・オフってのを前に読んだことがある。なんかサイバーな作品が多いです。

今回の本は、昭和40年代くらいに半導体技術者が自分の製品を会社が製品化してくれない・・・という話から始まります。MOSとバイポーラの違いがわかりやすく書いてありました(笑)

この手のミステリは、もともと私が読むジャンルなんだけど、誘拐のトリックが細かすぎて途中で面倒になった。歳をとるとだんだん人情ものとかが読みたくなるのかしら。最近こういう言動が多いです、私。
以上。

September 17, 2007

逢坂剛「百舌の叫ぶ夜」85

ハード風ミステリーです。「翳りゆく夏」が名作だったんで、比較するとアラが目立っちゃうなぁ。
最後の場面で、疑わしい人たちがなぜか件の場所にバラバラと集結して、それぞれの断片を組み合わせてストーリーを1から全部語る・・・ってのは、作者がやるべきところを登場人物に語らせているという感が強いです。

この本については、この辺で。

September 13, 2007

瀬戸内晴美「かの子撩乱」84

はー、面白かった。
一世を風靡した歌人・小説家であり、超流行漫画家だった岡本一平の妻であり、あの爆発する芸術の岡本太郎の母である、岡本かの子の生涯を描写した・・・これは伝記と呼ぶものなのでしょうか。

最初は、なにしろ大正から昭和の歌人ですから、引用してある文章の旧仮名遣いがとっつきにくかったり、短歌の世界には縁がなかったんでなかなか入り込めなかったんだけど、家族総出の洋行から彼女の小説家としての才能が花開いていくあたりから、ぐんぐん引き込まれて読んでいきました。伝記からノンフィクションになっていく感じ。途中、作者の瀬戸内晴美自身が登場して、かの子夫妻と同居していた愛人を訪ねるあたりで、色が一変します。

前半の伝記でも、金魚のらんちゅうのようにけばけばしく豪華絢爛で(今でいうと假屋崎省吾、ジャン・ポール・ゴルチェ、ゴスロリ、みたいな)、美しく知性的な男を好きになっては家まで押しかけてずっと居座る、ということを結婚してからも続ける、常識で考えられない彼女の性格などは十分描かれているんだけど、後半はそういう見た目でなく彼女とその家族の心の奥底までえぐっていくような描写が、怖いくらい読むものを引き込んでいきます。

好きな男の体の隅々まで調べ尽くすような、よだれを垂らさんばかりの作者の好奇心。瀬戸内晴美が一人称で登場して、かの子が死ぬまで同居していた愛人を訪ねる下りや、かの子の死後に出版された数々の名作の中に、どう考えても夫が彼女の死後に書き足したとしか考えられない心情吐露の部分があることを、文体や当時の批評を手がかりにあぶりだして行くあたり・・・お前はミス・マープルか、と言いたくなるくらいです。晴美自身は、自分のそういう情熱に駆られるところをかの子と重ね合わせているようだけど、私には、天然ボケで鷹揚なかの子と比べて、晴美のこういう執念深さは情熱的といっても質が違うように思える。美しいものを愛でる気持ちと、謎解きにはまる気持ちは違う。後者は徹夜でバグ取りをする気持ちや侵食を忘れてゲームにはまる気持ちと同質の、”見つかったらお母さんに怒られる”的な状態だと私は思うんだ。かの子には”しつこさ”というものがまるでない。

「かの子の晩年の傑作は、かの子だけでなく、家族(夫と、同居の2人の青年)の合作というべきものだった」というのが、この本のダヴィンチ・コードとも言える「謎」ですが、たとえば作詞家、作曲家、編曲家、ミュージシャンの面々やプロデューサーやマネージャ全員で作り上げたCDでも発売名はモーニング娘。だ、というようなもので、合作であるということは本来、よりよいものを完成させるために悪いことではないです。(ウソはいかんけどね。)文章の場合、名を冠した作者とは違う人物が書いたら問題になるのは理解できるけど、現実には今でも優秀な編集者がかなり手を入れた作品も存在するだろうし、偉い先生に手直ししてもらうこともあるだろう。本人の死後に出た本に、夫の苦悩や再婚話のことが切々と書いてあるのはやりすぎだと思うけどね・・・。

死後に夫は何をそんなに苦悩したか。
この夫婦はあるとき、夫が放蕩を反省して家に戻り、今後一生2人とも禁欲を貫く約束をしました。夫はそれを守りました。妻は愛人を追って出かけたり、連れ込んで一緒に住んだりしていました。当然交渉もあったんだけど、夫はどういうわけか愚直に妻も貞操を守っていると信じていました。妻の死後愛人に告白されて、自分の愚かさを嘆き苦しみました。・・・とてつもなく痛切で、かつ、悲しいほど滑稽です。オノヨーコがジョンの死後息子のショーン少年に「ママたちは無邪気(英語ではnaiveかなぁ)だったんだよ」と言われた、というのを思い出した。

ちなみにこの本でも息子は驚くほど聡明です。この本のなかで一番驚いたのは、太郎の心の深さ、細やかさですね。「太陽の塔」「芸術は、爆発だ」の人ですから、突拍子もない天才なのは彼で、家族は彼に振り回されたんじゃないか・・・くらいに思ってたんだけど、逆でした。まともに子育てのできない父母の中で育ち、小さい頃からきわめて老成していた太郎少年は、パリ留学中の母子のやりとりの中で、まるで父親のような包容力と深い理解を示して、童女のまま大きくなった母をなぐさめ、さとし、はげまします。母の死後は父をねぎらい、自分より若い娘との結婚や弟妹の出産を喜ぶ。こんなまともな人だったんだぁ、とか言うと大変失礼ですけど・・・。

なんつーかね、「人間はこんなに愚かで、だから美しい」やっぱこう思わせてくれる本は名作なんだと思います。一度しかない人生を、みんなとことん生き抜くべきです。聖人君子でなくてインパクトの強い人の伝記は面白いですね。以上。

September 11, 2007

赤井三尋「翳りゆく夏」83

さっそくですが、父の蔵書シリーズ。重複してるあたりから。(笑)

第49回江戸川乱歩賞受賞作とあるので、期待して読みましたが、裏切られませんでしたね。
結末や犯人は、実は2時間ドラマとかにありがちな内容だけど、なにより文章がいい。じっくりと人間が伝わってくる描写力、確実な構成力と文体。ノンフィクションを読んでいるような感覚です。なによりこの人はあらゆる産業界、社会の上層から底辺まで、いろんなことをよーく知ってます。すごく人を見る力がある作家です。ジャーナリストだな、というのが匂ってくる。

ただ問題が、この人寡作すぎ!受賞した2003年から、受賞作を含めて本が2冊しか出てない、、、
放送局勤めだそうで、現場で忙しいんでしょうね。私は平日に現業に携わってる、働くミュージシャンとか働く俳優とか働く作家ってのは好きです。外に出ていろんなものごとにもまれることで、よりよいものが作れるようになる。小椋圭とか・・・石原慎太郎とか・・・(作家の部分だけしか評価はしてないけど)・・・我妻光良とか・・・
偏ってるな・・・

ミステリーなら400ページ超の大作でも2日で読めますねぇ。こんなことで目を酷使して、会社でしょぼしょぼしてては、いかんなぁ・・・。

September 09, 2007

エドガー・H・シャイン「DECの興亡」82

副題は「IT先端企業の栄光と挫折」。
最初に書いておくと、出版社は「亀田ブックセンター」というところで、Amazonでは2007年9月9日現在この翻訳書は扱ってません。(原書は買える。)

でも、元DEC社員、DECラブな人たち、DECの成功または崩壊に興味のある人は、今あえて全員これを読んでほしい!本です。なぜなら、「インテルの戦略」を思わせる綿密かつ社内事情に通じた事実調査、徹底的な事後的分析などで、時間がたたなければ見えてこないことや語れないことが、今やっと表に出てきた、感があるからです。

感想をいろいろメモしながら読んでたんだけど、大事なことは第14章「明示的教訓と暗示的教訓」に15の教訓という形で全部書いてあるので、ここでその項目だけあげるにとどめておきます。:

教訓1.会社を外見で判断しない。(会社は外見で判断できない、と訳すべきかも)

教訓2.革新の文化はスケールアップしない。

教訓3.革新の文化が組織が小規模の場合にのみ有効であるとするならば、組織が革新性を維持するには、みずからを小さく分割するかあるいは企業戦略における革新の優先度を下げなければならない。

教訓4.非常に長期間にわたって成功と成長をもたらした文化は、仮に機能不全の要素を包含していても、安定化し固定化する。文化の変革は、文化の担い手である主要人物の交代を意味する。

教訓5.文化は時として組織より強力である。

教訓6.成功をもたらす技術ビジョンはやがてそれ自体が競争を引き起こし、したがって技術と市場の状況も変化してしまう。

教訓7.技術ビジョンに基づく大成功によって、事業上の問題や非効率性は覆い隠されてしまい、経済的危機が生じるかあるいは、ビジネス遺伝子が投入されるまで表面化しない。

教訓8.成長中の企業がビジネス遺伝子を欠く場合、取締役会はそうした遺伝子を導入するための行動を起こさなければならない。

教訓9.あらゆることをやろうとすれば、結局どれもうまくやることはできない。

教訓10.市場の動きは、最高の技術ないし自明の論理に沿って動くとは限らない。

教訓11.ある時期に適した技術ビジョンは、さらなる技術進化への感受性を奪いかねない。

教訓12.「顧客に耳を傾けろ」という理念は、どの顧客に耳を傾けるかに大きく左右される。

教訓13.成熟化に伴い、組織は適用する統治制度の形態を進化させねばならない。

教訓14.事象と動因は同時に作用する。

教訓15.知識労働者は効率的な決断を相互協力して下すことができない。

いっぱいありますね。しかもこれだけではよく意味がわからないものも多い。だから言ったじゃないですか、買って読んでくれって(笑)

以上。