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May 2006

May 29, 2006

三澤一文「なぜ日本車は世界最強なのか」

新書版でおよそ200ページの本ですが、読むのにけっこう時間がかかりました。なんでこう読み進めないんだろう?
たとえばね。
p174
「日本企業では、今、社内に小粒システムが増えすぎて問題になっているところが多い。低コストで経営者の理解を得やすいのはよいのだが、それらの大部分は、もともとたいした成果が期待できず、結果として導入されても活用されない。そのようなシステムが企業のIT全体の件数ベースでみれば80%を占めるケースさえある。これらをITのライフサイクル・マネジメントの視点で管理すれば、確実に無駄なIT投資が防げる。」
ってあるのですが、「小粒システム」の定義は文中に出てきません。「小粒システム」が「低コスト」であるという事実や何をもって低コストというかという説明もない。なぜ「低コストだと経営者の理解を得やすい」のかも、なんとなくわかるようで、書いてないのでわからない。「小粒システム」の「大部分」とはどれくらいか、5割か6割か、8割か9割か。「たいした成果」とはどの程度の成果か、実は何の成果もあがらないと示唆質得るのか。・・・と、ここまで裏づけを欠いた表現が続いた後で小粒システムの投資が企業のIT投資件数の「80%を占める」と急に数字をあげられても、前提がまったく書かれていないので、どう理解すればいいのか、そろそろ途方にくれてしまう。そして、ITの「ライフサイクル・マネジメント」もその「視点」の定義もわからないまま、結論で「確実に」無駄なIT投資が防げる、と断定的。

読み終えて思うに、多分すべてちゃんとした調査や経験に基づいてるんだと思う。ひとの言うことを疑わない人なら、あるいは著者を元々知っていて信頼している人なら、この本の表面だけ読んで納得できるのかもしれないけど、私はまだだめだわ・・・。もしかしたら本当に表面的なことだけなのかもしれないけど、もっと地道な泥臭い文章の方が馴染むというか・・・。

内容についてコメントするほど、私はまだこの本の意図が理解できてませんが、面白いと思った部分は以下のとおり:
p50「米国の無策に助けられた日本」では、一般にUSの会社はマーケティングが上手だと言われているけれど、実は逆だと指摘しています。日本がコツコツと良いモノ作りに励んできた間、USの会社は小手先のマーケティング手法に終始し、正しい分析を怠った結果、顧客の心をつかむことができず、USの自動車会社は軒並み衰退してしまった、といいます。それはその通りだなぁと思いました。

p146、イノベーションがなかなか日本で育たないことに関連して、ピアニストの中村紘子さんの言葉を引いています。
日本でクリエイティビティが育たない理由は「音楽学校の先生の質が悪い」と言い切ります。大量生産された音楽学校の先生が、よいものと悪いものを区別できないから、自分が習ったそのままを生徒に求める。だから先生を超える生徒が現れない。・・・痛いほどその通りです。お察しの通り、これは音楽だけの問題ではありません。

今日のところは、この辺で。

May 21, 2006

日韓特有の経営戦略?

「戦略論」でこんな話を聞いた。「PPM」手法で日本の企業のproduct portfolioを作ってみると、「負け犬」商品ばっかりになって、場がどんよりしてしまうらしい。だから日本企業はダメだという訳ではない。市場をみんなで分け合って共存するような文化が強いし、それでみんな満足してるわけです。そういう協調しつつ競争する市場のなかで、頭ひとつ抜けた製品が出てきたり、長期的にはどこかが脱落したりする。USで書かれた経営の本は、US産業の事実に基づいて書かれ、US産業の未来に当てはまるものだ。日本の経営の本は日本の人が書いたほうがいい。

マイクロソフトがWindowsをOEM供給しているPCメーカーは、USではHPとDellくらいだ。他はLenovo(いまや中国企業)を除けば日本企業ばかり。NEC、富士通、Panasonic、Sony、日立、日本ユニシス、シャープ・・・。たくさんの企業がひしめいている状況は、アメリカ的に見ると「改善の余地がある」と思うのかもしれない。でも少なくとも、日本という市場を重要視するのであれば、日本の産業界の特徴はちゃんと認識する必要があるんじゃないか?

「日本は特別だ」っていう話は私も信じないけど、Samsungの社長は「戦略論」の先生の本の韓国語版を読んでいたらしい。あの大躍進の裏には日本の経営学の本が意外と影響してたのかも。アジア全域に同じルールを適用するのも多分無理があるけど、日本と韓国あたりのビジネスのやり方は、日本とUS、韓国とUSよりは共通する部分があるかもしれない。

別の科目、「特論1」でStandard & Poorsの人が来てキヤノンを格付けするという勉強をしたとき、リスクファクターの1つとして、「売上の20%をHPに依存していること」があがっていた。HPに対してキヤノンはプリンタや消耗品をOEM供給しているのです。1社にそこまで依存すること自体や、HPの格付けがそれほど良くないことが、キヤノン自体の核付けを決める際のマイナス要因になっているらしい。なんだ、アメリカ人もそういうことのリスクをわかってるんじゃん。売上の20%ってのは確かに極端だけどね。

とにかく、USの偉い人たちをどうやって説得するかということを常々考えているので、こういうのからヒントを掴みたいわけですよ。せめてもうすこし、その、日韓的経営戦略ってものの特徴を説明できるようになりたいです。

May 15, 2006

世耕弘成「プロフェッショナル広報戦略」

これも課題。大きさは単行本だけど、軽い新書くらいのボリュームで、お風呂の中でほとんど読んでしまいました。(のぼせた)

著者の世耕弘成(せこう ひろしげ)という人は自民党の参議院議員です。
こんな人。http://www.newseko.gr.jp/ 大学卒業後NTTに入社し、初の参議院選出馬で当選するまで一貫して広報の仕事を続けたそうです。そこで叩き込まれた広報のスキルを、議員になってからは自民党の広報に生かしていきます。郵政民営化で自民党が岐路に立たされたときに、卓越した広報戦略で自民党を救った影の功労者、といっても過言ではないと思います。「改革を止めるな。」っていう、小泉さんが右斜め上を見ているポジティブな印象のポスターなんかも、世耕氏の主導で結成された、幹事長室、政調、情報調査局、法務、広報局、報道局、新聞局・・・etcから成る「コミュニケーション戦略チーム」の労作だそうです。

それまでは、日本の総理大臣には広報戦略なんて何もなかったんだって。アメリカではいろんな参謀が全部お膳立てしてリサーチしてスピーチ書いて、大統領は読むだけ、のようなイメージがあるじゃないですか。世耕議員が広報を始める前は、何の準備もなく総理が記者に囲まれる「ぶら下がり取材」に対応するのが普通だったそうです。記者はaccidentalなコメントを拾えるかもしれないので面白いかもしれないけど、それが日本を代表するコメントとして世界中に配信されるんだから、もうちょっと考えてもらわないと。

感想メモは、今回は特にないけど、情報という「見えざる資産」をマネージする上で、こういう社内各部のハブになれる部門をうまく活用することは重要だと思う。・・・ってことで、これ来週のI先生の講義のレポートに使えないかしらん。

May 06, 2006

A.ブランデンバーガー&B.ネイルバフ「ゲーム理論で勝つ経営 - 競争と協調のコーペティション戦略」

これも課題。一見とっつきやすそうな文庫本だけど、けっこう読みづらくて苦労しました。論理が通じない箇所がたくさんあるのは、おそらく翻訳上の問題かと思う。

CompetitionとCooperationからの造語「Co-petition」がこの本の原題。学習院大学教授 淺羽茂氏によるこの本の「文庫化によせて」の中に、「ゲーム理論を用いた戦略研究の本質は、企業間の相互作用を明示的に意識すること」とあります。ひとつのゲームで一人勝ちして、そのうち企業生命を断たれるのでなく、最終的に自分が勝ち残るためにちゃんと周囲を見ることを学ぶための本です。

P = Player, A = Added value, R = Rules, T = Tactics, S = Scope から成る「PARTS」がゲーム戦略の基本だといいます。ここでいう「戦略」ってのは、伊丹先生が定義する「会社の長期設計図」を意味する「戦略」と比べて、ずっと短期で、直近のゲームに勝つための方法をいうので、「作戦」とか「戦術」に近いものだと思います。

ただし。決して、「みんな仲良く共存するための本」ではありません。つぶされたり、競争によって自滅したりしないための、あくまでも自分がゲームでよりよく勝つための本。ビジネスってまさにゲームなんだよなぁ。どんなゲームでも、最中に他のプレイヤーの動向って見るでしょ。ゲームにはたいがい『隣の人にマイナス300点』みたいな叩き合いメニューがある。その矛先にならないようにするか?それともそういうメニューを独占して周囲を叩き散らすか?いろいろな戦略をとれるけど、普通は、1つのゲームで友情を台無しにするほど汚い手は使わない。そういうことです。

会社のトレーニングでゲーム理論を応用したプロジェクトリーディングをやったことがあるけど、潰しあっちゃって全然理論が学べなかった記憶が(笑)・・・アグレッシブな会社ですから・・・。でも、コンシューマに広く浸透した製品を売っている企業にしては、「competitorもpartnerもみんなお客様でもある」という意識が低すぎる、と思う。以前嫌な思いをしたcompetitorやpartnerの人たちは、みんな内心なんかちょっとイヤだな~と思いながらユーザーとしてうちの製品を使い続けてる。うちの会社を辞めた人もそうだ。そういうのが問題だってみんなもっと認識したほうがいいよ・・・。現場じゃなくてもっともっと偉い人たちが。

私が前の部署でどうやって契約交渉を学んだかと思い返してみると・・・
うちの社員が、取引先のUSの小さな企業のやり手弁護士に見え透いた策略をやられて、まんまとひっかかった後で「助けてくれ~」って駆け込んでくる部署だったわけです。(もー手遅れだよ!なんでそんな手に乗っちゃったんだよ!)と思いながら、うちのバカがすみません、しかるべき者の決済が降りておりませんので社内で再考させていただいております、とか言い訳するんだけど、尻拭いがどうしても間に合わないこともありました。バーゲニングパワーで負けようがないうちの会社が、いとも簡単に丸め込まれるのを何度も何度も経験して、きちんと戦うことの大切さを思い知ったわけです。社員のなかに、「うちの会社は偉そうだからパートナーさんに合わせなければ」という中途半端な謙虚さがあるのもいけないのだ。ゲームは全体を見渡す能力がなければ。

感想メモ:
P130「新規プレイヤーの参入によってゲームの構造自体が変わる。」・・・うちのマンションの管理会社を変えたときがそうでした。既存の管理会社の委託料が高いので、新規業者数社と合見積もりをさせたら、元の会社も金額を下げてきた。だったらいつもお世話になっている管理人さんが引き続きやってくれるのがベスト・・・ということで継続決定したら、その後で管理人さんの交代を知らせてきた。敵もさるものです。

しかし目下の問題は管理費未払いの人の訴訟、、、。あまりやさしくしすぎないで、ビジネスとしてきちんと対処したほうがいい気がするなぁ。

マンションでもx窓会でも会社でも、自分が参加しているいろいろな組織で、次々に問題がもちあがる。自分で仕切れてうまく解決できればほっとするけど、何も出来ずに失敗するとすごく申し訳ない気がします。何でも仕切れてスバっと目が覚めるような解決ができるようになりたいです。

P239 「一番の返礼は、一番の顧客に」、つまり、他の業者からうちに乗り換えてくれたら安くするよ、ではなく、長く自社製品を愛用してくれてる人にディスカウントを。
地元の美容室でもそうやってくれるといいんだけどなぁ。長く行けば行くほど、シャンプーを買えと薦められたり、トリートメントしてもらったり、何かとお金を取られることが多いよなぁ。

P345 「情報を隠す」ことも、時には大事だ。・・・この辺から、win-winみたいなキレイゴトじゃない世界の話が出てくる。でも、基本的にagreeです。誰も傷つかず、できるだけ満足できる結果に到達できるなら、知らせない方がいいことってあると思う。

P377 IBMがIntelのPentiumプロセッサの出始めに、演算結果にエラーがあることをことさら攻撃した事件。当時IBMはPentiumマシンをほとんど出していなかったのが理由・・・とあります。最近ではSysinternalsをやっているMVPがSony/BMGのrootkit批判を繰り広げたことが記憶に新しいけど、彼ら自身はほとんどこの時のIBMのような批判は受けてないと思う・・・。

May 02, 2006

坂村健「グローバルスタンダードと国家戦略」

訳あって読むことになりました。去年出たときに立ち読みして買うのをやめた本ですが。

感想:この本のタイトルは中身と合ってないなぁ。「坂村健の標準化技術随想」ではないのか?皮肉じゃなくて、その方が軽く読めるし、坂村先生が考えたいろいろなことを、へぇーと言いながらシェアさせてもらうのは面白いのだ。

さまざまな技術の過去の標準化において起こったことを、1冊だけで概観することができて、標準化について学びたい人には参考になる本です。私にとってはまさにありがたい参考書になりました。

ただ、ここに書いていることがどれくらい固い事実で、どれくらいが主観で、どこからが推測なのか、かなり混沌としています。外国の標準については、「・・・なぜか採用せず」「急遽反論に出て」等、外のものたちの行動の理由については一切触れず、調査も推測もせずに、一貫して不可解なものと斬り捨てる。

日本の施策についても基本的には批判に徹しているけど、将来に向けて前向きに指針を提示するでもなく、なんとなく読んでいるほうは飲み屋でぐちっぽいおじさんにつかまっちゃったなぁ、というような感じです。

思いついたことをランダムに書く。批判はするけど体系的にまとめることはしない。・・・こんなにすごい実績もあって、頭のいい人なのに、あとちょっとがんばれば名著が書けるのに・・・という気がして、残念です。隙のない本を読み終えたばかりなので、構成力の重要さを再認識。

RFIDかぁ。いろいろな試みが行われているけど、目が覚めるような実用化のニュースはさっぱり聞かれません。無理に実用化のためのアイデアを練るより、何が問題でうまくいってないのか、という現状認識の勉強になると思う。よく講義に出てくる、「失敗例を振り返ってちゃんと検証する」ということを意識しながら、ongoingでpost-mortemをやってみる・・・なんていうと、シニカルすぎるかな?

技術的な内容については、あまりひどく専門用語を多用することもなく、通信・コンピュータ業界に多少でも造詣のある人なら多分、十分理解できると思う。私はそれさえマジメに追わずにざっと流し読みしてます。この辺のことには、

Q: MOTには特定の技術そのものの市場価値を判断するための、その技術分野における専門知識が必要なのかどうか?

っていう、私にとってはけっこう重要な問題がからんできます。私は技術屋さんではないので、ここを最重要視されると、誰にも勝てない。だからもっとハイレベルな、技術そのものの評価がおおむね済んだ段階での戦略づくりとか市場とのツナギとかを担当するべきだと思う。・・んだけど、技術屋さんはやっぱりどうしても、技術に造詣の深い人を尊敬するんだよね。あ~私も尊敬されたい~・・・かといって例えば今さら、xmlの勉強とかして、この分野では負けないわよ、と言うのが本来の私の仕事とは思えなかったりします。

あと、第3章でずいぶんマイクロソフトの成功と失敗について語ってるけど、「Microsoft Bob」とか「At Work」とか、普通知らないようなことまで詳しいですね!これ本当に坂村先生が書いたの?と思うくらいです。

第4章でかかれてましたが、ユビキタスID=Uコードとか実証実験についていうと、彼はRFIDにはそれほどこだわらないのね。だから三鷹サミットストアで行われた実験ではQRコードで数字の羅列を読み取るシステムになってました。あれがつまりUコードだったわけだな。

IPV6とのからみも、書いてありましたね。ずっと私も、Uコードより、直接インターネット上のアドレスが取れるIPV6の方が2ステップくらいムダが省けると思って読んでました。p214 ・・・しかし、結局なにかと接続して情報にアクセスすることがUコードの目的なんだから、これはIPV6でいいんじゃないのかな。IPV6も、一生あらゆるものにアドレスを割り当てても到底使い切れないくらいの容量があるってきいてるし。

**************
標準化の会議に日本代表で出て勝ち取ってこられる人材が足りない、という話が出てきます。わたしは策を練るのは得意だけど、ディベートは得意じゃないから、原稿は全部書くので、誰かオーラの強い人・・・劇団四季の俳優みたいな人に出てもらいたいです。。

てかそもそも、タフニゴシエイターというのはどういう人をいうのか?
押し出しが強くなければならないのか?
白熱した議論をずっと黙って聞いていて、じっくり考えて、最後に一言だけ、場が静まるような鋭い意見を言える人も強いのかもしれない。

実際に難しい交渉をやっているときに、最後に勝つのは(権力とか乱暴なやり方をする場合を除くと)、静かに粘り強く説得する人だ、っていう気がする。

企業では、そういう難しい交渉の片付け役が法務部門に回ってくることが多い。多分弁護士も法務スタッフも、そういう訓練を受けてきたわけじゃないから、最初はみんなドキドキじゃないかと思う。場数がすべてだ、ってよく言われるけど、それはまさに100%真実だなぁ。ただ、中身がしっかりしているという前提だけど。

May 01, 2006

伊丹敬之「経営戦略の論理」

同じ著者による「ゼミナール経営学入門」を2/3くらい読んだところでこっちを読み始めて、「ゼミナール」の方は結局最後まで読まないままになってます。「ゼミナール」の方が、厚い本だけどずっと楽に読める。文章が平易だし、基礎に徹しているからでしょうか。「論理」の方はとっつきにくく、さらっと一読しただけでは頭に入ってこない。でも苦労して読むと、びっくりするくらい、うなずける。2回読むと、すーっと実感できる。

最初の印象としては、とにかく、書いてあることすべてに筋がぴしっと通っている。論理的な無理や矛盾がみあたらない。だから納得して、ふむふむと読める。ビジネス書といえば翻訳もの、てかクリステンセンしか読んだことのないわたしでしたが、データを徹底的に分析する、科学者的な印象のあるクリステンセンと異なり、この著者は徹底して論理追求型です。文脈や行間に隠れたヒントを見逃さずに、真実を追究し続ける、という印象を受けました。

こういうアプローチをとると、ふつうの人間ならどっかでつまづくもんだ。どうしても、自分が思いついたことが正しく思えて、それと異なるものを排斥する心理が働いてしまって、論理に無理が出てくる。一方立派な先生ってのは、自分を正すことに余念がない。全く「自分は偉い」的なことを言わないし、学生の言うことが自分の意見と違っていたら、きちんと解き明かして、採り入れるべきところは採り入れる。そうやってどんどん、自分の考えが充実していくわけだ。

明晰な人だ、と思う。あいまいさがなくて、まっすぐだ。この本に書いてあることは、「答」だ、と思う。経営者はみんな、本当はこの通りにやればうまくいく、やらなければならない、と思ってるんだけど、そう簡単には実現できない。

もしかすると、成功する経営の定石ってのは、たとえば中国の昔の学者の時代から不変なんだけど、それをうまく言い表せる人が少なかったのかも。それをうまく実現できる人も少なかったのかも。思うに、うまく実現するには、現実の世界のなかの不確定な要素が多すぎるから。